みつかるがわから、見つける側に【墨田 青蓮】
もうそれが何歳の時だったか、ちゃんとは覚えてない。
たぶん、私が最初にミサさんに見つけてもらったのは商店街だった。
昔から走るのは好きだった。でも今みたいに「どこまで」とか「何分」とか決めて走るんじゃなくて、ただ面白そうなものを探して、知らない道をふらふらしてた。
知らない場所って、ちょっとわくわくする。迷ったらどうしようって思うのも、最初は楽しかった。
でも、本当にどこにいるかわからなくなった時、急にすごく怖くなった。
見たことない看板。知らない顔。知らない店。
さっきまでいた場所が、どこにもなかった。
このまま帰れないかもって思った。
泣きそうだったけど、泣いたらもっとわかんなくなりそうで、とにかく周りを見ながら歩いた。
その時、ミサさんが声をかけてくれた。
ほんとはもう商店街の入口まで戻ってて、たまたま見つけてくれただけだったのかもしれない。でもあの時の私には、それだけで十分だった。
あ、見えてたんだ、って思った。
ちゃんとここにいていいんだって思えた。
あとでその人が大城美沙さんって警察の人だって知った。
それから、制服を着たミサさんを見かけるたび、なんとなくまた走って追いかけた。
ミサさんはいつもまっすぐ前を見て、自転車ですごく速く走ってた。
その背中は、速さよりもっと遠くに行っちゃうみたいに見えた。
でもある日、私服のミサさんを見かけた。
いろんな人と話しながら歩いてたのに、ふと私を見つけて、この前の迷子のことを気にして声をかけてくれた。
制服がなくても見つけるんだ、って思った。
あの時の「だれかみつけて」は、その時ちょっと変わった。
次は、私が見つけるほうになりたいって思った。
でも今の私は、まだぜんぜん足りない。
せめてミサさんと同じ制服を着られたら、あの人と同じ場所から、困ってる誰かを探せるかもしれない。
まだ制服も着られない私にできるのは、宮本先生に話を聞くことくらいだ。
だから今日も、授業が終わるのを待って声をかける。
──今日こそ答えてくれるかな。
「ねえ先生、シマケイって島の人? 国の人?」
※画像はあくまでイメージ図です。授業に来ている宮本が「制服で授業を行っている」ことを示す訳ではありませんが、その方が分かりやすいかと表現しています。
【墨田 青連 シナリオ01終了後】
──ゴゥッ!
舗装のされてない土が蹴り上がり、私に掛かる…前に、勢いを上げた身体が斜めのまま湿気を切り裂き飛び出していた。
そんなイメージで走り出す。下を向けた顔が徐々に前を、顎はあげないように意識しながら少しずつ身体を起こす。砂利に滑らないように慎重に、だけど勢いは止めないよう最小限で、身体の真下に脚を、下ろす! 気がつけば、もうゴールだ。
朝のトレーニングは、飽きないように少しずつ変えていってるけど、やっぱり「走っている時に景色が流れていく」瞬間って気持ちがいい。
今朝は商店街を避けて、神社方面に駆けている。予定になかったコースだけど、土を踏みしめる音がいい感じ。いけない、そろそろウォーキングに切り替えないと。
最近、商店街の方がなんだか落ち着かない。大人もまだちゃんと分かってなくて「用事がないときは近づかないこと」と言ってた。学習センター、商店街のすぐ側なんだけど。
島にひとつだけある神社の鳥居に向かって、ランとウォークを交互に行う。学習センターから神社は3キロくらい…私くらいの歳の子は、「往復で走り続けるのは長すぎる」距離、なんだそうだ。骨が完全に出来切ってない年齢で、長距離を走り続けるより、短い距離を全力で走った方がいいんだって。…こういう事はすぐ教えてくれるんだよなぁ。
警察学校に入ると結構走らされるって聞いて、長い距離を走れるように訓練しようとしたら、宮本先生に言われたことだ。『様々な身体の動きが出来るように、飽きないように色々やった方がいい』って、子供メニューを調べて教えてくれた。なんだか子供扱いで、しゃくに障るけど実際身体は子供だから仕方ない。
今の渡来神社の周りはすっかり草を刈りこまれ、見た目がスッキリしている…相変わらず社殿も鳥居もボロいままなんだけど。私は外の神社を見た事がないから、「神社ってこんなもの」くらいの感覚だ。草を刈られた程度ではイメージは変わらない。──そういえば、あの騒動の時はVRで『武道体験』を受けにホールにいたんだったっけ。警察官は柔道とか剣道してる人が多いし、学校でもするから、やってみたかったんだけど、何故か始まったのは『刀礼法』から始まる居合術だったんだよね…途中で出てきた『神道無念流の血振るい』がなんかカッコよかった…。まぁこれも宮本先生の『色々やった』に入るかなって。
とりあえず最後までやってみたら、その裏側で草刈り機が脱走してたみたい。何人か学習センターの生徒(ひとりは私より年下)の子らが関わってたって聞いている。なんか、最終的には「誰かの忘れ物」だって話なんだけど、忘れ物が見つかってよかったね、で終わらせて良かったのかな。
あ、そのひとりの歳下の子、修理屋から「磁気センサー」の話を聞いて、鳥居の釘を見に行ったらしいけど、釘と磁気の話がどうして草刈り機の目的地に繋がるのか、イマイチよく分からない。AIに「鉄ってなんで磁石とくっつくの?」って尋ねたら…磁場と磁束とか、電子のスピン方向とか自由電子がどうとかで「こんなことわかってないと理解できないから、今の段階では電子が上手いことやるで問題ないよ」って慰められた。なんだかムカつく上に、「まさか、あの子そこまで理解してるの…?」と、たまに見かけるあの少年の可能性に驚いたものだ。
島の気温が徐々に上がって行く前に、私の身体があったまっていく。よし、しばらく集中!
あれ、長ぇ…?
鉄と磁石の話は実話です。シナリオ読んで「霧島くん賢い…」と思ってたので、実話と絡めて書いてます。
あと居合と神道無念流は完全に私の趣味。本当は青蓮が01に参加しなかった理由と、毎朝走ってるよって話を描きたかっただけなのに…
家のドアを開けた途端、
「おかえり」
と声をかけられた。さすがに驚いた私は、いつもなら見えないその姿を、つま先からゆっくりと上に向かって確認した。母…いや、気取って言うのやめよ、かぁさんだ。
「…起きてたの」
「青蓮、開かないのがめんどくさいからって、鍵閉めないでいくのやめなさい」
どうやら、あまり眠れなかったこと自体を気づかれたわけではないみたい。ドアの開け閉めで目が覚めたんだな。
(エントランスだけでもなかなか開かないんだもん)
流石に口に出してそんな言い訳はしない。
「どっち?」
「神社の方」
「そっちじゃなくて、ご飯よ」
「ハム、ベーコンの気分じゃない」
「ハイハイ」
自分は「はいは1回!」って怒ってきたくせに、この人の口癖は「ハイハイ」だった。こういうのにいちいちイライラするのが、反抗期なんだろうか?
「神社は今スッキリしてるんでしょ?」
「さすがに中まで見てないけど、見た目には雑草無くなってる」
「いいなぁ、うちも周り刈ってってくれないかな?」
「相変わらず鳥居はボロだけどね」
「あなたがうちの草刈り機になってもいいのよ?」
「ひとりでするのは嫌」
目玉焼きとトーストが出来上がるのを待つ間、そんなとりとめなく話題が続く。私は話をするのは好きだ。ただ、自分から話題を振るには、今は少し気だるい。こういう時は、話題をコロコロ振ってくるかぁさんにまかせる。
「使わせてもらってるんだから、お参りくらいはしてるの?」
「鳥居の外から手は合わせてるよ」
「合わせるのはお寺よ」
「知ってるよ、さすがに」
とかしたプロテインを再びかき混ぜて、飲み始めたあたりで、焼けたトーストが出てきた。何も考えず、そのままかじる。アツイ。
「あ、そうそう、最近色々あって噂が多くてさ、統括だっけ、若くてイケメンの新人が、なんか丁寧に仕事してくれるらしいのよ」
「トーカツなんかに用事あるの?」
「無くてもいいじゃない、あそこ感じ悪い職員が多いから、そういう真面目そうな感じいい人がいたら話題にもなるの」
「ふーん、色々って他には?」
「ライトブルーのキャップ被った子が─「ライトブルーとか若者ぶった言い方やめなよ、水色でしょ」─ハイハイ割り込まないの、修理屋とかナンジィで聞き込みして首傾げてたとか」
げ、聞き込みバレてる。まぁ他にもいろんな人がしてたみたいだし、噂にも上がるのか。
「医療センターの売店で棚に南京錠が着いたって話もあったな」
「何それ?」
「いやーそれが割とゴツいヤツらしくてね、まぁ看護師辺りには『ビタミン剤や消毒液盗まれておいて、今更ですけど』なんて言ってたらしいわ?」
「──ん?」
今、変なこと言わなかった?
「……医療センターで盗まれたのは、絆創膏じゃなかったの?」
「えー!? しらないのー!?」
かぁさんの大きな声が私に降りかかる。
「絆創膏に、消毒液、ビタミン剤、割と早い段階で噂になってたわよ?」
「ちょっと! それいつの話!?」
「そんなにハッキリわかったのは最近じゃない?」
「…あ、えー…?」
もう少しで繋がるかと思われた点と点が、新たな点を見つけて頭が更にこんがらがってしまった。
「なに? 聞き込みに回ってるって話があったから、とっくに聞いてるんだと思ってた」
「知らないよ…仕方ないじゃん、私じゃひとりで医療センター行けないんだし」
「言えば連れてったげたわよ」
「診察受ける訳でもないのに、迷惑だよ。私の身体悪いとこない」
「ハイハイ。アンタ、妙なところでいっつも頭硬いのよねぇー」
自覚はあるので、睨みはするが文句は出ない。
……知らなかった。
それだけなのに、頭の中で何かが少しずつ形を変えていく。
でも、それが何なのかは、まだ自分でもよく分からなかった。
ここまで書かないと青蓮に「医療センターで消毒液、ビタミン剤もあるよ」って教えてあげられない私…
コンビニ3号店を出た私は、神社を見すえ──ふと、朝日が昇り始める東側をさけてしまった。向けた目線は当然西側へ。それは別に意識があったわけじゃない。そう、特に何も無いのに、何かがズシリ、と来る。
鳥居近くまで来たから、走るのを止めて息を整える。鳥居の向こう側の境内は、一応神様のお家。そんなところでトレーニングを続けるのも申しわけないから、と鳥居に向かって手を叩きながら、心の中で「イイワケ」する。
なんなんだろ、「イイワケ」って…。まるで「ワルイワケ」があるみたい。
走ったり跳んだり、色んな動きをして身体を動かすと、鳥居に背中を向ける時、先程まで意識していなかった風景…嘘だ、ずっとしてた、『D区』側が目に入る。瞬間的に目を逸らし、やっぱりもう一度、今度こそ顔を向けた。今日はもう、集中出来ないや。
私はD区内にはまだちゃんと入ったことはない。もちろん同じ島の中だ。どんな所かはだいたい知ってるし、用事がないんだから行く必要も無い。特別変なところだとも、嫌なところとも思ってない。
でもそれ以上にあの区画に入ると、「また帰れなくなる」んじゃないか、そう思う自分がいる。あの時の迷子の記憶が、新しい場所へ進むことを拒んでいるのかもしれない。次の迷子でミサさんは現れない。その時、今の夢まで変わってしまったらと思うと、どうしても足が向かない。
私は夢のために、島を、踏み出ないといけないはずなのに。島の中ですら、出られない。
ミサさんは、宮本先生は、たぶん行く。
私は、まだ行けない。
あの制服の「濃い青」は、その境を分ける、私にはまだ着れない色だ。
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