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渡神島(TOKAMI)プレイヤーズガイド

このガイドはPBWに参加するプレイヤー向けの入門資料です。
設定を全部知らなくても遊べます。知っていると、もう少し楽しくなります。


第1章 この島について

東シナ海の孤島に、国が実験都市を作った。2026年のことだ。

ベーシックインカム、完全キャッシュレス、AI司法——本土では試せない社会実験を詰め込んで、この島が選ばれた。2029年には人口12,000人を達成し、内閣府は「順調」と発表した。

現在は2041年。あれから15年が経つ。

人口は6,800人まで減った。自動運転システムは老朽化し、島の通貨・トカポの価値は3割下落し、週1便の定期船「みなみ丸」が島と本土をつなぐ唯一の動脈だ。計画停電が来るたびに研究施設区画だけが煌々と光っているが、抗議する窓口がどこにもないことを、長く住む者ほどよく知っている。

ただし、この島はディストピアではない。

住民の多くは「なんとかなるさ」を島の気風として生きている。システムがガタつけば笑いながら回避策を探す。騒動の渦中でも、誰かがちゃんと飯を食っている。設計された理想と15年間の人間的な適応のあいだには深い乖離があるが、その乖離の中で育った文化があり、生まれた言葉があり、ここでしか出会えなかった人間関係がある。

悪役はいない。ただ、それぞれの都合と事情と、まだ答えの出ていない問いを抱えた人間がいるだけだ。


第2章 島を歩く——区画ガイド

島の北部台地に、同心円状の区画設計がある。地図の上では整然としているが、歩くと「人の気配が薄くなっていく方向へ進むほどD区に近づく」という感覚の方が正確だ。


A区(中枢区画)——島の「顔」

統括局庁舎・警察署・消防署・中央医療センターが集まる行政の中心。道路は広く、歩道はタイル張りで、街灯は夜間に自動点灯する。設計図通りのスマートシティがここにある。問題は、そこを歩く人間がほとんどいないことだ。

渡神港(とかみこう):島の唯一の玄関口。みなみ丸が来る日(週1回)だけ、港が本来の機能を取り戻す。それ以外の6日間は静かで、波の音だけが聞こえる。


B区(居住・商業区画)——島の「日常」

スマート集合住宅が18棟。島民の多くがここに住んでいる。スーパー「ナンジィ」、ナカ商店街、学習センター、そして居酒屋「帰り旗」がある。

荷物が少なく壁に何も貼っていない部屋(「いつか出ていく」層)と、壁を改造して植木鉢を置いた部屋(「ここしかないから根を張った」層)が同じ棟に混在している。

帰り旗:島の情報交換所。ここに来れば今日の島の話が聞ける。ママの藤堂恵(38歳)がカウンターの中で、全部聞いている。

渡来神社(北浦集落跡):B区最北端。スマートビルの間を抜けていくと、舗装路が途切れて砂利になる地点がある。そこから先だけ、地面が土のままだ。「設計図より先にここにあった」という事実が、この場所の全てだ。


C区(研究・実証区画)——「入れない」エリア

フェンスと生体認証ゲートで囲まれた立入制限エリア。自律型機械実証施設(ウゴクヤツ)、電磁実証施設(ピリピリ)、都市OS棟などが内部にある。

住民が自由に立ち入ることはできない。ただし農業・漁業実証エリアだけは、フェンス越しに中が見える。


D区(未整備・自生区画)——「自分たちで作った」エリア

計画縮小で放置されたエリアに、人間が入ってきた。設計されなかったが、街になった。

B区の端から続く道が、ある地点で舗装の継ぎ目に草が生え始める。もう少し進むと舗装が途切れ、砂利と土になる。そこがD区の入口だ。コンテナが積み重なって「壁」になっており、その間を縫うように通路が走っている。

公式には「無秩序」と言われるが、長く住む者は「秩序はある。ただし別の秩序だ」と知っている。


南部林・南嶋岳(412m)——「行政の手が届かない」エリア

台地の南端より先、行政管理が及ばない亜熱帯の原生林。南嶋岳(412m)がそびえる。公式には立入推奨されていないが、止める人員もいない。ケン(15歳)の手描き地図が最も詳しい。


第3章 島の仕組み——知っておくべき3つのこと

① トカポ(渡神ポイント)

島の公式通貨。入島時に強制登録され、スマートフォンをかざして支払う。

稼働当初は本土円と1:1だったが、現在は約0.65〜0.70円相当まで下落している。本土では使えない。「島の外に出たい」と思った時、トカポは役に立たない。

長く住む島民の中には、特定の取引を意図的に円や現物払いに切り替えている人間がいる。帰り旗のツケは円か現物でしか返せない——藤堂がそう決めているからだ。

② ベーシックインカム(BI)

島民には毎月12万トカポが給付される。働かなくても暮らせる設計だ。

ただし「島の外に出る力」にはならない。本土に帰るには円で40〜60万円が必要で、正規ルートで稼ぐ手段はほぼない。「みなみ丸の荷下ろし日当(現金)」「D区の非公式仕事」など、非正規の経路に接触するしかないのが現実だ。

③ みなみ丸

週1便の定期船が、この島と本土をつなぐ唯一の動脈。

来る日は港が騒がしくなる。荷物を待つ人、働く人、稀に来る外部の人間。来ない6日間は島が静かに閉じる。みなみ丸が「一日遅れた」だけで、島の食料事情に影響が出る。


第4章 島の組織と顔ぶれ

組織一覧

組織 略称 一言説明
渡神島実証統括局 トウカツ 本土への報告書を書く人たち。実態との乖離が15年分ある
渡神島保安局 ホアン 島の通信と記録を管理する。「見ている」
渡神島警察署 シマケイ 実員17名で島を回す。管轄外と言いながら全部知っている
特別自治議会 島の自治を担う建前の機関。利権と若者の発議が毎回ぶつかる
中央医療センター 医師が足りない。でも何とかしている
番(バン) D区の自警組織。神谷龍一が仕切る非公式の秩序
帰り旗 居酒屋。島の情報が一番早く集まる場所

話しかけやすいキャラクター(若手窓口)

設定に詳しくなくても、この人たちに話しかければ自然と世界に入れます。

名前 年齢 所属 接触しやすい場所と状況
宮本 遼 28歳 シマケイ・刑事係 B区の巡回中、学習センター(月2回授業担当)
安西 莉子 24歳 ホアン・監視担当 帰り旗のカウンター(一人でチューハイを飲む)
篠田 彩花 25歳 医療センター・看護師 深夜のB区、自販機の前
橋本 勇介 23歳 トウカツ・総務課 統括局庁舎の近く(着任4ヶ月・島に慣れていない)
具志堅 大樹 22歳 番・現場担当 港の周辺、みなみ丸の荷下ろし日
中村 沙織 26歳 議会事務局 議会事務局、帰り旗

「島の古株」——知っておくと便利な人物

名前 年齢 立場 特徴
仲宗根 勇(オジイ) 75歳 旧島民・唯一の帰島者 この島が実験都市になる前を知っている唯一の住民
藤堂 恵 38歳 居酒屋「帰り旗」のママ 元研究者。カウンターで全部聞いている
神谷 龍一 56歳 番頭 D区の秩序と円の流通を実質的に仕切る
大城 美沙(ミサさん) 44歳 シマケイ・地域係 15年在島の「開島組」。島民全員の顔を知っている
沖田(なんでも直す) 50代 修理屋オーナー 「島にある機械ならなんでも」直す。公然の秘密を多数知っている

第5章 島の空気感

この島のデフォルト気温は「なんとかなるさ」

システムがガタつくのは日常だ。自動運転パトカーが迷子になっても、草刈り機が脱走しても、スーパーの在庫管理がズレても——住民は「またか」と構える。それが15年間の蓄積から来た生活の知恵だ。

台風が来れば台風を楽しもうとする。騒動の渦中でも、誰かがちゃんと飯を食っている。日常は止まらない。

悪役はいない

この島の問題の原因は「悪い人間」ではなく、「システムのガタ」と「それぞれの都合」だ。責めるべき誰かを探しても見つからない。見つからないまま、なんとかなっていく。

賑やかに生きていて、時々しんとなる

コメディが多い。でも、笑いが収まった後の静けさの中に、何かが残ることがある。解決した問題の隣に、解決しなかった何かがそっとある。


プレイヤーへのひとこと

正解を出さなくていい。あなたのキャラクターが今日どこにいて、誰と話して、何を感じたか——それが物語になります。


第6章 知らなくてもいい・でも知ると面白い豆知識

島では、これまでこんなことが起きている。

草刈り機の脱走(通算3回)
C区の農業用自動草刈り機が定期的に脱走する。なぜか毎回、渡来神社の方向に向かう。すっかり草が刈られた境内を見たオジイに「よくやった」と言われた。オジイがそう言った理由は今も不明。

鉄の亡命者(サブロウ)
C区の警備ロボット試作3号が脱走を繰り返した末、D区のコンテナ街に「帰巣」する習性がついた。現在は番の世話人たちが電源を供給し、非公式の用心棒として活躍している。開発元の報告書には「行方不明・捜索継続中」と書いてある。

ナナメの坂
二足歩行試作機(通称:ナナメ)がB区とC区の境界付近の坂で定期的に転倒を繰り返している。住民に「また転んでる」と認識されている。現在も継続中。

十月の大盤振る舞い(2034年)
電磁漏洩の影響でナカ商店街のトカポ端末が誤作動し、支払うたびに口座残高が増える状態が3時間続いた。関係者全員がトカポを得した。返還者はゼロ。翌日、統括局が静かに修正した。

みなみ丸包囲事件(2033年)
偵察ドローン12機編隊が入港日の港上空に出現し、荷下ろし作業が30分停止した。保安局は「気象観測機材」と説明したが、誰も信じなかった。報告書の機体番号欄は空白のままだ。

幽霊判決問題(2038年〜)
AI司法システムの学習データに偏りが発覚。過去に執行された判決の一部が「有効か無効か」の宙吊り状態になっている。窓口となる機関が明確でないため、現在も未解決。


渡神島技術実証特別自治区 プレイヤーズガイド
本資料はPBWプレイヤー向けの入門資料です。詳細設定は別途設定資料集を参照してください。

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渡神島技術実証特別自治区 設定資料集

日本本土からはるか南海の果てに島がある。

島の名は渡神島(とかみじま)——通称、TOKAMI(トカミ)。本土から定期船で丸一日かかる距離にある小さな島に、国が実験都市を作った。ベーシックインカム、完全キャッシュレス、AI司法、規制のないサンドボックス。本土では試せない社会実験を凝縮して実装するために、無人に近かったこの島が選ばれた。2026年、正式稼働。2029年、人口12,000人を達成し、内閣府は「順調」と発表した。

現在は2041年。あれから15年が経つ。

人口は6,800人まで減った。自動運転システムのノードは老朽化し、島の通貨・渡神ポイント(トカポ)の価値は3割下落し、週1便の定期船「みなみ丸」が島と本土をつなぐ唯一の動脈になっている。計画停電が来るたびに謎の研究施設区画だけが煌々と光っており、誰も公式に抗議しない——抗議する窓口がどこにもないことを、長く住む者ほどよく知っているからだ。

ただし、この島はディストピアではない。

住民の多くは「なんとかなるさ」を島の気風として生きている。台風が来れば台風を楽しもうとする。システムがガタつけば笑いながら回避策を探す。騒動の渦中でも、誰かがちゃんと飯を食っている。設計された理想と15年間の人間的な適応のあいだには深い乖離があるが、その乖離のなかで育った文化があり、生まれた言葉があり、ここでしか出会えなかった人間関係がある。日常の小さなガタから、島の構造そのものを揺さぶるような事件まで——この島では、小さな事件から、ドタバタの大トラブルまで、あらゆる規模の出来事が起こり得る。そんな土壌が、15年かけて静かに積み重なっている。

悪役はいない。ただ、それぞれの都合と事情と、まだ答えの出ていない問いを抱えた人間がいるだけだ。

「渡って来た者が、渡って帰れなくなる島で、それでも今日を生きている人間たちがいる。」


名称一覧

項目 正式名称 通称・略称
島の名前 渡神島(とかみじま)
特別自治区 渡神島技術実証特別自治区 TOKAMI(トカミ)
英語表記 TOKAMI Technical Experimental Special Zone
内閣府直轄局 渡神島実証統括局 トウカツ
保安組織 渡神島保安局 ホアン
警察 渡神島警察署 シマケイ
渡神港(とかみこう)
神社 渡来神社
通貨(正式) 渡神ポイント(TOKAMI Point) トカポ
島の旧称 ナンジィ 旧島民が渡神島と命名される前から使っていた呼び名
旧島民の祭り ナンジィ祭り(南島渡来感謝祭)
島唯一のスーパー スーパー「ナンジィ」

「渡」という一字が全体を貫いている。渡神島・渡来神社・渡神ポイント・渡神港——渡って来た者が、渡って帰れなくなる島。

「ナンジィ」は南島(なんじま)の古い口語読みが訛って定着した旧島民の呼び名。行政名称「渡神島」がつく以前から使われてきた言葉。外から来た住民がこの呼び名を使う時、それはある種の「島への帰属」を意味する。


目次

  1. [[基本情報]]
  2. [島の地理・物理スペック]
  3. [法的成立の経緯]
  4. [旧島民「ナンジィ」の歴史と文化]
  5. [都市構成・区画詳細]
  6. [南部エリア詳細]
  7. [統治組織の構造]
  8. [政治・選挙制度]
  9. [司法・法務体制]
  10. [利権構造]
  11. [計画がやめられない理由]
  12. [実験項目と15年後の現実]
  13. [ベーシックインカム詳細]
  14. [通貨・決済の詳細]
  15. [本土からのトカミ評価]
  16. [インフラの現状]
  17. [スマートホーム機能]
  18. [食料事情]
  19. [住まい事情]
  20. [住民の構成]
  21. [非公式住民]
  22. [第一世代の言語と「円という物体」]
  23. [マスメディアと情報環境]
  24. [物語の設計方針]
  25. [物語のトーン設計方針]
  26. [物語の空気感]

1. 基本情報

項目 内容
正式名称 渡神島技術実証特別自治区
通称 TOKAMI(トカミ)
英称 TOKAMI Technical Experimental Special Zone
所在地 東シナ海・小笠原海嶺南端部(架空)
座標 北緯23°41′ / 東経141°28′ (23.683333, 141.466667)
面積 38.7km²(南北12km、東西5〜7km)
人口 計画人口12,000人 → 現在約6,800人
定住登録 3,200人 / 流動人口:3,600人
管轄 内閣府直轄・特別立法区域
稼働開始 2026年(現在は2041年)

2. 島の地理・物理スペック

位置と孤立度

  • 父島まで:船で約11時間 / 緊急ヘリで約2時間20分
  • 本土(東京)まで:チャーター機で約3時間40分 / 定期便なし
  • 定期船「みなみ丸」:週1便(父島経由)。財務省のコスト削減要求により週2便から減便
  • 台風期の孤立:8〜10月、年間延べ18〜22日が船なし状態

地形

エリア 特徴
北部台地 標高40〜80m。比較的平坦。市街地・各区画はここに集中
南部 断崖絶壁と熱帯林。最高峰「南嶋岳」412m
北西端 唯一の天然良港「渡神港(とかみこう)」
海岸線 渡神港以外はほぼ断崖

渡神港北の突出地形「カクレ鼻(かくれはな)」

渡神港の北西、港の入り江を挟んで北側に張り出した小さな岬。幅100〜150m・長さ200m程度の岩礁性の突出地形で、海食により基部がえぐれており、干潮時には先端部が孤立した岩礁のように見える。

旧島民の間では「カクレ鼻」と呼ばれてきた。港に出入りする船から見えにくい角度にあるため、かつて密漁船や密輸船がこの陰に小型船を繋留する隠し場所として使われていたとされる。名前の由来はそこにある。

現在は使われていないが、小型船が係留できる天然の窪みが岩盤に残っており、神谷のネットワークがみなみ丸の入港日以外の物資搬入に使っているという話がD区では流れている。保安局は把握しているとも、していないとも言わない。

気候

渡神島は亜熱帯海洋性気候に属する。北回帰線のやや南、東シナ海の外洋に位置するため、本土の同緯度帯と比べて気温の年較差が小さく、一年を通じて温暖湿潤である。島の住民は季節を「暑い季節」と「少しましな季節」の二種類に分類しており、本土的な意味での「冬」は存在しない。

月平均気温は最低月(1〜2月)でも17〜19℃を下回ることはなく、最高月(7〜8月)は31〜33℃に達する。ただしこれは平地の数値であり、南嶋岳(412m)の山頂付近では冬季に10℃を下回る日がある。島民はこの事実を観光資源として活用しようとしたことが過去に一度あったが、誰も登山客が来なかった。台風の通り道にあたるため8〜10月は定期船が止まることがある。かつてユネスコ準登録候補地として評価されたが、実験都市化により登録を断念した経緯がある。

降水量と雨季

年間降水量は2,800〜3,200mmで、本土の太平洋側主要都市の1.5〜2倍に相当する。降水は特定の季節に集中するのではなく、梅雨期(5〜6月)・台風期(8〜10月)・冬季の季節風降雨(12〜2月)と三つの波がある。

最も厄介とされるのは台風期の集中降雨であり、単一の台風通過で300〜500mmを超える降水をもたらすことがある。この際、南部林の斜面が大量の泥水をD区・C区南縁に向けて流し込む。都市OSの排水センサーはこれを把握しているが、排水処理能力が計画値の67%しか稼働していないため、大型台風の年は必ずどこかが浸水する。どこが浸水するかは毎年微妙に違い、島民の間では「今年の当たりはどこか」という会話が台風接近のたびに行われる。

台風

渡神島を直撃または接近する台風は年平均3〜4個。そのうち1個程度が「島の機能を実質的に停止させる規模」の台風である。

台風接近時の最大瞬間風速は60〜70m/sに達することがあり、港湾施設の一部は毎回何らかの損傷を受ける。設計段階で「50年に一度の台風」に耐えられる構造として建設されたA区の施設群は、開島15年間でそれを上回る規模の台風を2回経験しており、現在は「設計想定外」という言葉が定着しつつある。

台風通過後の48〜72時間は、島が外界と完全に孤立する。この期間、みなみ丸は入港できず、ヘリポートも使用不能となることが多い。島は自給自足で生き延びる必要があり、この能力が15年間で着実に培われてきた。台風そのものを「大迷惑」と捉える住民は意外と少なく、「台風明けの空気は綺麗」「台風の日は帰り旗が一番混む」という感覚が島の標準になっている。

海流と海況

島の東岸には黒潮の派生流が沿岸に沿って北上しており、水温が高く漁場として優れている。一方、西岸は島の地形が風を遮るため海況が安定しており、渡神港が西岸北部に置かれた地理的理由でもある。

ただし西岸の海底地形は複雑で、カクレ鼻の周辺には水中岩礁が多い。大型船の接岸は渡神港の指定バースに限られており、それ以外の海岸への船舶接近は許可制とされている。許可制であることは全員が知っているが、許可を取っている者がどれだけいるかは把握されていない。

南部林の自然条件

南部は亜熱帯照葉樹林が島面積の約35%を覆う。台地との境界(行政管理限界)から南側は傾斜が急になり、最終的に南嶋岳を経て断崖に至る地形である。

南部林の植生は、固有種・移入種・外来種が複雑に混在する。開島時の環境アセスメントで「本土とは完全に異なる生態系を保全する価値がある」と評価されたが、同時に「C区の一部施設からの化学物質の漏出がこの生態系に与える影響は不明」という注記が付けられていた。この注記は公式報告書の附属資料に収録されており、誰も読んでいない。

南部林の内部は昼でも薄暗く、地面が複雑に入り組んでいる。GPSは樹冠に遮られて精度が落ちる。既製の地図は存在しない。ケンが手書きで作成した地図と、シンが体で覚えた経路だけが、この場所の実用的な情報源である。

日照と風

日照時間は年間2,100〜2,300時間で比較的多く、太陽光発電の効率は本土主要都市を上回る。これが島のエネルギー計画の前提条件のひとつだった。台風期と梅雨期の日照不足がこの計算を崩すことは設計段階で把握されていたが、「補完できる範囲」という判断がなされた。実際には補完しきれないことが年に数回発生しており、そのたびに計画停電が実施される。計画停電のスケジュールは都市OSが自動生成するが、生成ロジックが不透明なため、「なぜあの区画が先に止まるのか」という疑問が定期的に浮上する。

卓越風は北東から南西方向で、特に冬季に強い。この風がD区のコンテナ街に吹き込む際の「うなり音」は独特で、島に長く住む者はこれを「ウラ風が鳴いてる」と表現する。ウラ風が強い夜は帰り旗の客が増える、というのは統計的に確認されていないが、藤堂のノートにはそう書いてある。


3. 法的成立の経緯

なぜこの島だったか

無人島(正確には旧島民47名が在籍) であったことが決定的な優位点だった。

通常、有人地域に実験都市を作ろうとすれば、憲法95条の住民投票で反対住民が集まれば否決されるリスクがある。国は旧島民に対して説得(事実上の買収)を行い、全員の同意を取り付けた上で、最初の入島登録者100名(公募した研究者・技術者・行政官)に住民投票を実施させ、100%賛成で手続きをクリアした。

このプロセスは後に「民主主義のショートカット」と批判されたが、法的瑕疵はないとされている。

設立の法的根拠

以下の4つの法理を組み合わせた「島嶼型特区(アイランド・サンドボックス)」として設計された。

  1. 国家戦略特区法 — 農業・医療・エネルギー等の岩盤規制の包括的適用除外
  2. スーパーシティ法 — 都市OS(データ連携基盤)の構築とAPIの法的義務化
  3. 地方自治特別法(憲法95条) — 都道府県からの独立・一層制自治体の構築
  4. 小笠原特措法の財政特例 — 国庫100%負担条項の援用。インフラ整備費を全額国費で賄う

年表

時期 出来事 オジイの年齢
2019年 内閣府が「渡神島嶼活用研究会」を設置 53歳
2021年 「渡神島技術実証特別措置法」国会可決・住民投票 55歳
2022年 大規模インフラ工事開始。建設利権の温床となる 56歳
2024年 第一次入島者1,200名が居住開始。渡神ポイント(トカポ)運用開始 58歳
2026年 正式稼働。渡神島実証統括局(トウカツ)設置 60歳
2029年 人口12,000人に到達。内閣府が「順調」と発表。黄金期 63歳
2032年 自動運転システムの最初のノード障害。BIの二極化が統計に出始める 66歳
2035年 本土への技術移転が「コストと摩擦が高すぎる」と評価。縮小検討が封印される 69歳
2038年 人口8,000人台に減少。まともな人材の本土回帰が加速 72歳
2041年(現在) 人口約6,800人。統括局の機能が形骸化 75歳

4. 旧島民「ナンジィ」の歴史と文化

旧島民の歴史

時期 経緯
明治23年頃 父島の漁業組合が遠洋漁業の中継基地として北西端に小屋を建て始める
大正〜昭和初期 最盛期で約120名の集落「北浦(きたうら)」が形成される
昭和20年 太平洋戦争末期、強制疎開。全島民が移送される
昭和30年代 一部の旧島民が非公式に戻り始める。国は黙認
2018年(計画前) 登録住民47名。実態は32名が定住。大半が高齢者とその子・孫世代

住民の血筋

  • 紀州出身の漁師の子孫(主に「仲宗根」「大嶋」姓)
  • 小笠原系欧米系島民(Westerner)との混血。金髪や青い目を持つ老人がいる
  • 出自不明の「屋良」一家(沖縄系と言われるが本人たちは語らない)

住民投票の実態

内閣府が提示した条件パッケージ(非公開)

  • 東京都内公営住宅への永久居住権
  • 一人あたり「移転協力金」1,200万〜2,000万円
  • 年2回の往復渡航費国費負担による「優先帰島権」
  • 北浦集落の旧家屋・墓地・神社の「文化財的保全」の約束
  • 子・孫世代の島内就労の優先採用枠

ナカソネ問題:最長老・仲宗根鶴松の長男・仲宗根勇(当時55歳)だけが最後まで署名を拒否し続けた。彼の主張は「オレたちの祭りはどうなる。それだけ答えてくれ」という一点だった。最終的に病床の父に説得され、泣きながら賛成票を書いた。あれから20年が経つ。


土着の祭り・文化

ナンジィ祭り(南島渡来感謝祭)

項目 内容
時期 旧暦6月15日(概ね7月中旬)
起源 遠洋漁業からの無事帰還を海神に感謝する祭り。神道とキリスト教的要素の折衷儀礼
核心 北浦の渡来神社に「帰り旗」を掲げる
現在 仲宗根勇(オジイ)がほぼ一人で続ける。近年、第一世代の若者が手伝いに来るようになった

帰り旗:縦 2m・横 1m の布に、歴代の島民が漁から帰るたびに「帰」の一文字を書き足してきたもの。数百の「帰」の字でびっしりと埋まっており、最後の余白はわずかしか残っていない。

アサバン

項目 内容
内容 毎朝夜明け前と日没後、北浦の岬の突端に立って島の名を呼ぶ行為
呼び声 ナンジィ、ナンジィ、我らはここにいる」(日本語だが旋律は西洋的)
意味 島が「自分のことを知っている存在」であるという世界観。「我ら」には死者・疎開した者・帰れなかった者すべてが含まれる
現在 オジイだけが続けている

カラスの日

旧暦10月の最初の丑の日。「島が死者を数える日」。この日は漁に出ず、洗濯物を干さず、大きな声で笑わない。戦時中の強制疎開前夜に最長老が「島に帰れなかった魂がこの日だけ浜に戻ってくる」と言い残したのが起源。オジイと、彼から話を聞いた第一世代の若者の一部が、この日に北浦の浜で黙って海を見る。


5. 都市構成・区画詳細

都市設計の思想と現実

北部台地を中心に同心円状の区画設計が採用された。設計通りに整備されたのは全体の60%。残り40%は「区画だけある空き地」か「勝手に改造された建物」。

設計図の上では、A区が中心に近く、外に向かってB・C・Dと広がっていく。ただし実際に歩くと、同心円というより「人の気配が薄くなっていく方向へ進むほどD区に近づく」という感覚が正確だ。


A区 中枢区画(通称:オモテ)

街の全体像

視察団が見るのはここだけ。島の「顔」として設計された区画であり、今でも比較的整備されている。ただし整備されているのは見た目だけで、人が少なすぎるという事実は隠せない。

道路は広い。歩道はタイル張りで、排水溝のグレーチングも錆びていない。街灯は夜間に自動点灯する。設計図通りの「スマートシティの中心部」がここにある。問題はそこを歩く人間がほとんどいないことだ。

視察団が来る日来ない日で、A区の密度は目に見えて変わる。視察が入ると統括局の職員が廊下を早足で歩き、警察署前のパトカーが磨かれ、港の入島ゲートが正常稼働を装う。翌日にはまた静かになる。

渡神港(とかみこう)

島の唯一の玄関口。旅客ターミナル、貨物岸壁、入島管理ゲート(AIによる生体認証+トカポウォレット強制登録)、ヘリポートを備える。

設計上は1日複数便のフェリーと定期ヘリが発着する「島の玄関」として建造された。ターミナルの天井は吹き抜けで高く、ガラスが多い。日光が差し込む造りだが、人がいないと「がらんどう」という印象が先に立つ。

みなみ丸が入港する日(週1回)だけ、港が本来の機能を取り戻す。荷物を待つ住民、貨物を搬入する業者、稀に来る視察者や研究者——それ以外の6日間、ターミナルのロビーは蛍光灯と空調だけが動き続ける空間だ。

港湾管理事務所は12名体制から3名に縮小されており、夜間の港は事実上の無人状態になっている。入島ゲートを通らずに南部断崖から上陸できる非公式ルートが存在するのは、この空白ゆえでもある。

  • 週1便の定期船「みなみ丸」の発着
  • ヘリポートは緊急搬送時のみ使用。着陸灯のテストが最後に行われたのは2年前

入港日の「非公式港湾労働」

3名の港湾管理職員が、6,800人分の1週間分の食料・燃料・物資を荷下ろし・検品・仕分けすることは物理的に不可能だ。その現実を埋めているのが、入港日に港に集まる非公式の労働力だ。

D区の住民、廃工区の人間、番のネットワークの末端——日当(本土円または現物)目当てに入港日の朝から港に集まり、荷捌きを手伝う。港湾管理職員3名はこの労働力なしに業務が成立しないことを知っており、黙認どころか事実上の依存関係にある。神谷が「入港日の人員」を毎週手配しているのは、番の重要な「仕事」のひとつだ。

この構造が、「みなみ丸への潜伏」という密入島経路を成立させている最大の理由でもある。貨物の混雑・人員の増加・管理の形骸化が重なる入港日の荷捌きの中に紛れれば、記録に残らずに島に入ることができる。港湾管理職員も、神谷も、それを知っている。「知っているが言わない」という点で、この港は島全体の縮図だ。

港の空気:潮の香りと重油の混じった匂いが常にある。入港日は荷物のビニール梱包材と怒鳴り声と人の熱気が港を満たす。それ以外の6日間は静かで、波の音と風の音だけが聞こえる。その落差が、この島の食料事情の実態でもある。

渡神島実証統括局庁舎(トウカツ)

ガラス張りの4階建て。港から徒歩5分の位置に建つ。外観は今も「近未来の行政庁舎」として通用する見た目を保っている。内部の人の少なさが外からは見えにくい設計になっているのは、偶然ではないかもしれない。

現在の実員15名(設計定員67名)。

  • 局長(1名):本土からの2年任期出向
  • 次長(1名):11年在籍の唯一の長期在籍者
  • 総務課(4名)・実証管理課(6名)・データ連携室(3名)

1階のロビーには島の「実証成果」を示すパネル展示がある。2029年頃に設置されたもので、数字が更新されていない部分がある。受付カウンターはあるが受付職員はおらず、来訪者はインターホンで呼び出す形式になっている。

執務フロア(2〜4階)は定員の四分の一しか使っていないため、会議室を倉庫代わりに使っている部屋がある。桐島の執務室は4階の端。窓から港が見える。

庁舎の空気:空調が効きすぎている。廊下は静かで、自分の足音が響く。使っていない執務エリアは照明が落とされており、昼間でも薄暗い区画がある。

渡神島警察署

A区の南端、統括局庁舎から徒歩10分。2階建ての横に広い建物。外壁は白く、「渡神島警察署」の文字盤が正面に掲げられている。

実員17名。駐車スペースには自動運転パトカー2台(うち1台は「整備中」の貼り紙が半年前から貼ってある)、旧型軽車両3台、バイク4台。バイクは宮本と大城が主に使う。

1階が受付・留置施設・当直室、2階が刑事・地域・交通の各係と署長室・副署長室。田端の副署長室は窓が北向きで、島警察の中で唯一B区のナカ商店街方向を見渡せる。田端が「現場を見る」のはこの窓からではなく、非番の日に港を歩くことによってだ。

留置施設は定員4名だが、使用されることは稀。島で起きる事案の多くは「正式な逮捕・勾留」ではなく、田端と神谷の非公式ラインで処理されるからだ。


シフトの計算

実員17名。内訳を開くと、こうなる。

役職 人数 備考
署長 1名 2年任期。現在着任4ヶ月目
副署長・田端 1名 実質的な署長機能を担う
事務・留置管理 3名 現場には出ない
刑事係・宮本ほか 3名 捜査担当
地域係・大城ほか 4名 パトロール・地域担当
交通・警備係 5名 兼務が多い

24時間を3交代で回すと、夜間に島全体をカバーする警察官は常に2〜3名という計算になる。

面積38.7km²の島を、夜間2名で「管理する」。D区のコンテナ街から渡神港まで徒歩で30分以上かかる。バイク2台と旧型軽車両を使っても、何か起きた時に全エリアを同時に対応する余力はない。

これが、田端が神谷と「均衡を保つ」本質的な理由だ。信頼でも義理でもない——物理的な計算の結果だ。

D区で集団騒乱が起きたとする。住民30名が路上に出た場合、夜間の島警察は現場に2名しか出せない。保安局に応援を頼もうにも、あちらはC区から離れない。神谷龍一という存在が「なぜD区に秩序がある程度保たれているか」を、田端は数字で理解している。神谷が「暴力ではなく信用で動く経済」を選んでいる理由が何であれ、田端にとってそれは「ありがたい現実」だ。この感謝と後ろめたさが混ざった感情に、田端はまだ名前をつけていない。

「俺たちじゃ止められない規模のことは、最初から起きないようにしておくしかない。それを分かってやってくれてる人間に、正義の話を持ち込むのは筋が違う」——田端が大城に言ったことのある言葉

シフト表の「灰色の欄」

田端の引き出しに、毎月更新されるシフト表がある。理論上埋まるはずのコマが灰色で塗りつぶされたままになっている欄がある。人員が足りず、カバーできないコマだ。田端はその灰色の欄を見るたびに、何かを確認する作業をしている。その何かが何かを、田端は誰にも言わない。

赴任8ヶ月目の夜

宮本は初めて深夜の単独パトロールに出た時、計算してしまった。今夜、この島で何かが起きたとして、応援が来るまでに何分かかるか。 父島からヘリで2時間20分。本土は論外。同僚が来るのが最速で10〜15分。

10〜15分間、自分一人だ。その計算をしながら路地を歩く感覚が、宮本が「本土の普通」を最初に本当に手放した瞬間だったかもしれない。


署の空気:コーヒーメーカーが常に動いている。宮本が持ち込んだもので、誰も何も言わなかった。無線機のホワイトノイズが奥から聞こえる。

中央医療センター

警察署の隣。A区の中で最も清潔感が維持されている建物だが、それは医師と看護師の努力によるものであり、設備の問題は別だ。

医師3名・看護師8名・検査技師・事務職等を含む計20名。

AI診断システムの学習データが5年前から更新されていない。端末の画面に表示される「推奨治療オプション」が現在の医療基準からズレていることを医師全員が知っており、全員が「参考程度」として扱っている。システムを止めると統括局への報告が必要になるため、誰も止めることを提案しない。

1階が外来・処置室・薬局、2階が入院病床(10床)と「研究病床」(6床)。研究病床はC区の第三区画と電子カルテが接続されており、担当医師が誰かを医療センターの職員は知らない。

重篤患者は父島経由で本土搬送。緊急ヘリが飛べない天候の時、センター内には「島で最善を尽くすしかない」という空気が流れる。それが年に数回ある。


数字が語る構造的限界

人口6,800人。日本の標準的な医師配置基準(人口1,000人あたり約2.6名)に照らせば、この島には17〜18名の医師が必要だ。実員は3名。不足数ではない——在籍すべき人数の六分の一しかいない、という事実だ。

夜間救急、重篤搬送の判断、日常外来、研究病床の管理、AI診断システムの「修正」作業——これを3名が回している。設計書には「段階的に医師を増員し、最終的には10名体制にする」と書いてある。その段階は来なかった。


医師三名の「なぜここにいるのか」

この問いに答えられる人間は、島に一人もいない。本人たちを含めて。

一宮哲也(いちみや てつや)・45歳 医師・センター長代行

救急・内科専門。2034年に本土の大学病院から「島での経験を積む形で」赴任してきた。本来の任期は2年だった。7年が経っている。

本土の前職との間に、現在も消えていない「不祥事の記録」がある。詳細を桐島が「把握している」と一宮は感じており、感じているだけで確認したことはない。その「感じ」が、本土に帰る相談を誰にも持ちかけられないまま7年を経過させた理由の、一部だ。

夜間当直明けに処置室の椅子で2時間眠り、起きてすぐ外来を始める。それを週に3回やっている。

村松慶子(むらまつ けいこ)・38歳 医師・外科・婦人科

第三区画の研究病床の「担当医」という肩書きを持つ。ただし、何の研究かを村松自身は知らない。「定期的にバイタルを確認して記録する」という業務だけが存在し、その記録がどこへ行くかは教えられていない。

聞いたことがある。桐島に。「適切に管理されています」という答えが返ってきた。それ以降、聞いていない。眠れない夜がある。2階の研究病床フロアへの廊下に入るたびに、少し足が遅くなる。それを同僚に言ったことはない。

沖原俊介(おきはら しゅんすけ)・52歳 医師・精神科・内科

島で最も「精神科医を必要としている人間」に最も近い位置にいる医師。BIコミュニティスペースへの往診を月2回行っており、これは制度にない非公式の活動だ。費用は請求せず、「散歩のついで」という建前になっている。

C区から横流しされた未承認の向精神薬の存在を、沖原は知っている。知っているのは「使っているから」ではなく「処方できない薬を誰かが持っていることに気づいたから」だ。使っているのは、島の住民の一部だ。沖原がそれを黙認しているのは——正規ルートで調達できる薬が、この島には来ないからだ。

「この島に正しい医療はある。ただし、誰かが倒れても補充が来ない。それだけだ」——沖原が、酔った宮本に漏らした言葉


看護師八名の「働くための"燃料"の正体」

「普通の"燃料"」では動かない状態が、この人たちには数年前から始まっている。使命感・義務感・プロフェッショナリズム——それらは最初の数年で消費された。今を動かしているのは、もっと地味なものだ。「自分が抜けたら、残った人間がどうなるか」という想像力と、「本土に帰っても行く場所がない」という現実が、主な"燃料"だ。

看護師のうち2名は第一世代と同世代の子どもを島で育てている。帰る「本土」が、もうない。

センターの空気:消毒液の匂い。外来待合には10年前のファッション誌が積まれている。誰も新しくしない。誰も捨てない。当直室には小さな鍵付き棚がある。鍵はセンター長しか持っていないことになっている。棚の中身を見たことがある人間は、センター内に3名いる。全員が黙っている。


B区 居住・商業区画(通称:ナカ)

街の全体像

島の「生活」が集中している区画。A区のガラスと白壁から少し歩くと、急に生活の匂いがする。洗濯物、料理、人の声。A区には「人がいる気配」があるが、B区には「人が生きている気配」がある。

区画全体の設計は整然としているが、15年間の生活がそこに重なっている。スマート集合住宅の外壁に手書きの表札が貼られ、ベランダには植木鉢が並び、共用廊下に誰かの自転車が置かれている。本来は禁止されているものの大半が、黙認されている。

スマート集合住宅(18棟・2,400戸)

状態 棟数 外観の特徴
正常稼働 9棟 外壁の白さが比較的保たれている。エントランスの自動ドアが動く
部分稼働(IoT一部死亡) 5棟 一部の窓のセンサーランプが点滅したまま。廊下の照明が不規則
自生状態(勝手に改造) 4棟 ベランダに増設された物置、外付けの雨よけ、手書きの案内板

正規稼働棟の内部

エントランスにトカポの認証パネルがある。「三回かざしてようやく開く」ことは島の全員が知っている。廊下は自動照明だが、人感センサーの劣化で「すれ違った瞬間に消える」「誰もいないのに点く」が混在する。

部屋の中には各種センサーが埋め込まれている。一部の住民はそれを知っており、カメラのレンズのような形状のセンサーに布テープを貼っている。布テープの存在を統括局は把握しているが、対応する人員がいない。

自生棟の内部

エントランスの認証パネルは動いているが、共用部分のIoTはほぼ死んでいる。代わりに各戸が自分たちでルールを作った。廊下に小さな棚ができて、住民が余った野菜を置いていく。「持っていっていい棚」と手書きで書かれている。これは完全に島の文化として定着している。

ナカ商店街

B区の中央を東西に走る約200mの通り。アーケードの屋根が一部外れており、雨の日に水が垂れてくる箇所がある。

多言語の看板が残っている。稼働当初の「多様性政策」の名残で、日本語・英語・中国語・スペイン語の案内板が壁に貼られている。現在それを読む必要がある人間はほとんどいない。

施設 詳細
スーパー「ナンジィ」 後述
居酒屋「帰り旗」 後述
トカポ両替所(非公式) 後述
修理屋「なんでも直す」 後述
無人コンビニ×3 後述
空き店舗12区画 後述

スーパー「ナンジィ」

島唯一の食品・日用品店。午前9時から午後8時まで営業。みなみ丸入港翌日だけ品揃えがよい。

店内は本土のコンビニ程度の広さ。生鮮食品の棚は入港翌日以外は半分が空になる。日用品は比較的安定しているが、特定の商品(電池、特定のシャンプー)は入港日に一斉に売り切れる。

店員は2名(オーナーの老夫婦)。レジはトカポ対応の電子決済端末だが、端末の調子が悪い日は「後払い・記帳」になる。長く住む島民はこの「記帳」に慣れており、自分の名前を書いて帰る。

台風シーズン(8〜10月)の入港前日、開店前から列ができる。並んでいる住民たちは顔見知りばかりで、台風情報の話をしながら待つ。それがこの島での「台風の季節感」だ。

居酒屋「帰り旗」

商店街の中ほど、少し奥まった位置に入口がある。木製の引き戸に「帰り旗」と手書きされた布が掲げられている。

カウンター8席とテーブル2卓。カウンターは元の什器を藤堂が自分で削って磨いたもの。照明は暖色で、B区の他の施設より少し暗い。「帰り旗」の名前の由来である旗の複製(B4サイズ・額入り)がカウンターの奥の壁に掛かっている。

営業は夕方17時から深夜。定休日はない(藤堂が「休むと誰かが困る」と言う)。メニューは日替わりで黒板に書かれる。オジイの魚・農業施設からの横流し野菜・島の自生植物を使った料理が中心。定食は一種類、つまみが数種。

島の情報交換所。ここに来れば今日の島の話が聞ける。政治の話、誰かの喧嘩、みなみ丸の遅延情報、第三区画への不満、トカポの相場。藤堂はカウンターの中で酒を出しながら、全部聞いている。

トカポ両替所(非公式)

「コンサルタント事務所」の看板を掲げた小さな部屋。空き店舗のひとつを改装したもの。窓はすりガラスで内部が見えない。

トカポと本土円の両替、および他の電子マネーとの換算を行う。手数料は取引額の3〜5%。レートは「今日の相場」として日替わりで変わり、D区の番が決めるレートとほぼ連動している。

行政は存在を知っており、桐島は「黙認している」と田端に言ったことがある。田端は「俺は知らない」と答えた。双方の認識が一致していないことが、この施設の存続条件になっている。

修理屋「なんでも直す」

商店街の端。シャッターが半分しか開いていないことが多い。店内は工具と部品で埋まっており、足の踏み場を選ぶ必要がある。

オーナーの沖田(50代・元エンジニア)が一人で運営。家電・自転車・自動運転車両のセンサー・スマートホームの端末、要するに「島にある機械ならなんでも」が修理対象。自動運転パトカーの非公式修理を請け負ったことは公然の秘密であり、それゆえ島警察との関係は微妙に友好的だ。

部品は本土から取り寄せるか、壊れた別の機械から転用する。「共食い整備」と沖田は言う。修理費はトカポ払いだが、材料費が調達困難な案件は「現物払い(魚可)」になることがある。

無人コンビニ×3

B区に3店舗。設計当初は24時間フル稼働の完全自動化店舗として導入された。

  • 1号店(商店街入口):棚の半分が常に空。補充システムの在庫管理が実態と乖離しており、「在庫あり」と判定されたまま棚が空になっている。担当者は補充のたびに手動で在庫を修正するが、翌日にはまたズレる。
  • 2号店(住宅地中央):深夜2〜4時にシステムが落ちる。「深夜に腹が減った時はここに来るな」という非公式の了解がある。
  • 3号店(B区北端・渡来神社近く):最も安定稼働している。ただし品揃えが他の2店と微妙に違う。誰かが意図的にここだけ補充品目を変えているが、その担当者は特定されていない。

空き店舗12区画

シャッターが下りたままのものが多い。うち3区画は不法占拠されており、扉に鍵が付いている。うち1区画は入口が植物で覆われており、中に人がいるかどうかも外から判断できない。

大城のノートに「D区に流れる前の一時滞在場所として使われている可能性」という記載がある。

学習センター(旧:AI教育ハブ)

B区中央の独立した平屋建て。元は「AI教育の世界的モデル施設」として設計されており、外観は今も整っている。内部には端末が並ぶ学習スペース、グループ作業室、体育館が相当する多目的ホール。

学校という概念がなく、AIによる完全個別最適化教育が行われる。子どもは自分のペースで端末に向かい、AIが次の課題を出す。年齢で学年が決まらない。試験もない。

問題は「その教育が本土で何も証明しない」ことだ。ここで育った第一世代(現在15〜19歳)が本土の大学入試を受けると、調査書・成績証明の様式が本土の制度と合わない。文科省との折衝は「対処中」のまま3年が経つ。

有志の大人たちが週に数回、非公式の授業を行っている。宮本が「体育と道徳(という名目の雑談)」を月2回担当しているのもここだ。黒板ではなくホワイトボードを使い、教科書はない。

センターの空気:子どもの声と端末のキーボード音。午後になると多目的ホールでケンたちが何かをしている音が外まで聞こえることがある。夜は有志授業の灯りが最後まで残る。

BIコミュニティスペース

学習センターに隣接。設計上は住民が自由に使えるコワーキングスペースとして建設された。広い空間、長テーブル、電源と無線LAN。

現在は事実上のBI依存層の溜まり場になっている。朝から夕方まで、同じ顔ぶれが同じ席に座っている。誰かがスマートフォンを見ている。誰かが眠っている。誰かが低い声で話している。

彼らは「悪い人間」ではない。ただ、動く理由を見失った人間たちだ。藤堂はこの場所を「帰り旗」から見えない距離に位置していることに、ある種の意味を感じている(本人は口にしない)。

月1日(BI給付日)の午前中だけ、ここに人がいなくなる。

渡来神社(北浦集落跡)

B区の最北端。設計図に「既存構造物・現状保存」と記載された唯一の場所。

スマート集合住宅の間を抜けていくと、舗装路が途切れて砂利になる地点がある。そこから先だけ、地面が土のままだ。コンクリートもタイルも、この一角だけ存在しない。

鳥居は木製で、塗料が剥げている。本殿は掘っ建て小屋と呼ぶのが正確な規模で、扉は木の板を金具で留めたもの。中には小さな祭壇と、帰り旗(本物)が保管されている。

周囲のスマートビルとの対比が強烈で、はじめて訪れた人間はしばらく言葉を失うことがある。「設計図より先にここにあった」という事実が、この場所の全てだ。

オジイが管理している。特定の手入れをするわけではないが、枯れ葉は払われ、鳥居の根元は草が抜かれている。いつやっているのか、誰も見たことがない。


C区 研究・産業区画(通称:オク)

街の全体像

B区から続く道が、ある地点で急に変わる。舗装の質が上がる。街灯の間隔が狭くなる。そして、人がいなくなる。

C区は住民が基本的に立ち入らない区画だ。「立ち入り禁止」の表示があるわけではないが、フェンスと生体認証ゲートの存在が、ここは「そういうところ」だと物理的に示している。島警察も「C区の案件は保安局」という非公式の棲み分けに従っており、宮本が配属されて2年でC区に足を踏み入れたのは1度だけだ。

区画内の施設はそれぞれが独立して動いており、施設間の連絡路は整備されているが、人の往来は少ない。車両(自動運転の業務用車両)が時折無音で走るのが、C区の「動き」のほとんどだ。

バイオ・医療研究複合施設「第三区画」

C区の中でも最も奥、南部林に面した位置にある。

外観はグレーの外壁と大きな換気設備。施設の規模はB区のスマート集合住宅1棟程度だが、周囲のフェンスと緩衝地帯(草地)のせいで実際より広く見える。フェンスは高さ約2.5m、金属製で上部に斜めのアームがある(有刺鉄線ではなく防犯センサー)。

入口は生体認証ゲートのみ。登録された人間しか通れない。登録者は統括局の公式リストに存在しない。

南部林の縁を歩くと、林の内側からフェンス越しに第三区画の窓の一部が見える地点がある。ケンの地図にそこが記してある。ただし窓ガラスは曇りガラスで、中は見えない。

「研究病床」との接続:第三区画と中央医療センターの研究病床は電子カルテシステムで繋がっている。接続ケーブルは地下埋設で、地上からは見えない。

計画停電からの除外

第三区画は「重要インフラ」として優先電力供給の対象に指定されており、B区・D区で計画停電が発生する夜も停電しない。この「光の不平等」が住民に与える心理的影響については、インフラの現状(エネルギー)で詳述する。

施設の空気:外から感知できるのは換気設備の低い動作音だけ。鳥の声がここだけ少ない気がする。気のせいかもしれない。

みなみ丸からの専用搬入

入港日、荷下ろし作業の終盤に必ず起きることがある。中身の分からない、外装に表示のない厳重なコンテナが1〜3個、保安局の職員護衛つきでA区の貨物岸壁からC区へ直行する。島警察は立ち会わない。非公式港湾労働者は全員それを目撃するが、誰も近づかない。神谷は「中身について知ろうとしない」という原則を持っている。

このコンテナが何かを知っているのは黒瀬と桐島だけだ。二人の間でも、その件について直接話したことは一度もない。

エネルギー管理施設

C区の北側。台地の内陸部に位置する。洋上風力の制御センター、水素貯蔵プラント、海洋温度差発電の監視室が同一敷地内に集まっている。

外観は工場に近い。タンク、配管、制御盤の入った小屋。年季が入っており、B区の住宅とは異質な「工業施設」の風景だ。

担当技術者の木下(40代)が実質的に一人で維持している。木下は口数が少なく、エネルギー管理施設から出ることが稀だ。食事は宅配(島内の「帰り旗」から届けることがある)。

水素プラントの稼働率は68%。正規の保守部品が本土から届かないため、木下が代替部品を自作・流用して維持している。この状態を知っているのは木下本人と、数字の意味を理解している桐島だけだ。「木下が倒れたら」という話題は、島の行政の中で誰も言い出せないまま存在している。

ピーク時(夏の昼間・台風後の需要増加時)に計画停電が発生するのは、このプラントの稼働率の問題と直接関係している。

施設の空気:風の音と風車の低い唸り。金属と機械油の匂い。木下の作業服は常に油で汚れている。

データセンター「都市OS棟」

C区の中央、地味な外観の2階建て。窓が少なく、外からは中の構造が分からない。

島全体のメッシュネットワーク基盤、トカポの決済インフラ、AIシステムの基盤サーバー、そして通信の出口回線(衛星通信の制御設備)がここに集中している。

内部は常時空調が効いており(サーバー冷却のため)、外が亜熱帯の暑さでも建物内は肌寒い。廊下は薄暗く、サーバーラックのランプが点滅している。

朝倉が深夜にここに入り、謎のプロセスを追いかけることがある。彼女のIDカードは深夜でもゲートを通過できる。それを設定したのは桐島だ。「把握している、引き続き監視を」と言いながら、朝倉にアクセス権を与え続けている。

システムの設計思想を本当に理解している人間は、すでにこの島にいない。朝倉が理解しているのは「動いている部分」だけであり、「なぜそう設計されたか」を知る人間は本土のどこかに、あるいはもう存在しないかもしれない。

3号店補足:B区北端の3号店だけ、品揃えが他の2店と定期的に変わる。在庫補充の発注システムは都市OS経由で一元管理されているはずだが、3号店の発注ログだけが朝倉の確認できる表層データと一致していない。謎のプロセスとの関連かどうか、朝倉はまだ判断できていない。

棟の空気:サーバーの冷却ファンの音が絶え間なく続く。それ以外の音はしない。朝倉以外に深夜ここにいる人間はいない(たぶん)。

農業・漁業実証エリア

C区の東端、B区との境界近く。フェンスはなく、住民が覗くことができる唯一のC区施設だ。

農業実証:完全自動化の水耕栽培施設。温室がいくつか並んでおり、LED照明が夜でも光っている。内部には自動収穫アームが動いており、人の姿はほぼない。管理端末の操作権限は本土の担当企業が持っており、島側からは設定変更できない。

収穫物の約40%が廃棄処分になる構造は、施設を外から見ているだけでは分からない。温室の中は青々としており、「うまくいっている」ように見える。

漁業実証:港の沖合に自動漁船の係留設備があったが、現在は稼働停止。錆びた係留設備だけが残っている。「実証」は事実上終了しているが、担当企業は補助金期間が続く限り書類上の管理を継続している。

「その他の実証施設群」——C区の本当の顔

バイオ・医療研究以外に、C区にはいくつかの「実証施設」が存在する。

国家戦略特区法の適用除外条項は、医療・農業・金融だけに限らない。正確に読めば「内閣府が認定した実証目的に限り、関係法令の適用を個別に除外できる」と書いてある。この一文が、C区の実態を作った。

本土では許可が下りない——あるいは許可申請すること自体が政治的に難しい——研究が、島に来た。手続きは静かに行われた。議事録は非公開だ。住民には知らされていない。桐島は「知っている」。黒瀬は「管理している」。田端は「聞いたことがある気がするが、確認していない」。


自律型機械実証エリア(通称:ウゴクヤツ)

C区の西端、エネルギー管理施設に隣接した平屋の倉庫群。外観は資材置き場にしか見えない。シャッターが多く、窓が少ない。

本土では「完全自律型」の実証が事実上できない機械類——自律型の警備ロボット、ドローン群制御システム、自動化された重機——の実証が行われている。法的根拠は「離島インフラ管理の効率化実証」という名目だ。

問題は、逃げることだ。

自律型機械は、設定ミス・ソフトウェアのバグ・想定外の環境変数によって、フェンスの外に出ることがある。これまでに確認されている「脱走」案件は以下の通りだ。

機体 脱走回数 現在の状況
警備ロボット試作3号(通称:サブロウ) 4回 4回目以降、D区のコンテナ街に自力で「帰巣」する習性がついた。神谷が「うちの用心棒だ」と言っている
農業用自動草刈り機(未命名) 2回 2回目にB区の渡来神社の境内を刈り込み、オジイに「よくやった」と言われた。現在も理由不明
偵察用小型ドローン群(12機編隊) 1回(大規模) みなみ丸入港日に港上空に出現し、荷下ろし作業が30分停止した。保安局が「気象観測機材」と説明したが誰も信じていない
二足歩行試作機(通称:ナナメ) 継続中 坂道でバランスを崩す欠陥があり、B区とC区の境界付近の坂で定期的に転倒している。住民に「また転んでる」と認識されている

サブロウは現在、神谷のコンテナ近くを定期的に巡回しており、番の世話人たちに「気配センサーが優秀」として半公式に活用されている。電源はD区の無断タップから取っている。開発元はこの事実を把握していない(と思われる)。


電磁・電子実証施設(通称:ピリピリ)

C区の中央付近、都市OS棟から少し離れた位置にある2階建て。電磁波シールドのため外壁が独特の質感をしており、近づくとスマートフォンが一時的に誤作動する。

強力なEMP(電磁パルス)発生装置、高出力マイクロ波実験装置、次世代通信妨害システムの実証が行われている。法的名目は「離島における電磁環境の総合管理実証」。

問題は、漏れることだ。

シールドに不具合が生じると、周辺の電子機器に影響が出る。これまでの漏洩事例。

  • B区スマート集合住宅の認証パネルが一斉に「解錠」した(居住者全員が気づいたのは翌朝)
  • ナカ商店街のトカポ端末が3時間にわたって「マイナス決済」を繰り返し、関係者が全員トカポを得した後でシステムが修正された(この件の「利得」は誰も返還していない)
  • 島警察の無線が「周波数が混線し」て、D区の誰かが話している内容が署内に流れた。内容は「明日の魚の値段」だった
  • 朝倉のヘッドフォンが「謎の音楽」を受信し始め、3日間止まらなかった。曲名は特定できていない

朝倉は都市OS棟でこの施設の電磁ノイズに悩まされており、「謎のプロセス」の原因の一部がここではないかと疑っている。疑っているが、施設の存在を公式に確認する方法がない。


化学・素材実証エリア(通称:クサイトコ)

C区南縁、南部林に最も近い位置にある低層の建物群。周囲に緩衝地帯が広く設けられており、近づくと「なんとなく目が痛い」と感じる日がある。

本土の化審法・火薬類取締法では実証困難な素材・推進剤・特殊合成物質の研究が行われている。名目は「次世代産業素材の離島環境下実証」。

問題は、匂いが出ることだ。

風向きによって、島の特定エリアに原因不明の「匂い」が漂う。これは島の住民の間で長年の謎とされている。

  • 「今日はなんか甘い」——B区住民が月に数回口にする感想
  • 「さっきすごい匂いした、なんか懐かしい」——宮本が田端に報告したことがある(田端は「聞いていない」と言った)
  • D区の自家醸造担当者が「今日は風が来てる日は醸造に向かない」というノウハウを持っており、これが実は正確な気象情報源になっている

南部林に入るシンは、この施設の「匂い」が出ている日を本能的に把握しており、そういう日は施設側のルートを避ける。


その他・用途不明施設(通称:アレ)

C区の中に、上記のどの分類にも当てはまらない建物が1棟ある。

外観:コンクリート打ちっぱなし・窓なし・扉は1枚のみ・看板なし。

電力消費量が「ピリピリ」の三倍あることを木下は知っている。何に使っているかは知らない。聞いたことがある。返答がなかった。それ以来、聞いていない。

桐島はこの施設の予算執行書に毎月サインしている。目的の欄には「特定実証管理費(詳細別途)」と書いてある。「別途」の書類を桐島は一度も見せてもらったことがない。サインし続けている。

住民の間では「アレはなんだろうな」という会話が定期的に生まれるが、結論が出たことはない。ケンの地図に「?」と書かれた建物がある。それが「アレ」だ。


C区全体の「なんとかなってる理由」

これだけの実証施設が同時進行で稼働しながら、島が「なんとかなっている」最大の理由は——それぞれの施設が互いに何をやっているか知らないという点にある。

連携がないから干渉もない。干渉がないから衝突もない。衝突がないから問題として表面化しない。問題として表面化しないから報告書に書かれない。書かれないから本土は知らない。知らないから止めない。

これを桐島は「分散した無知」と呼んでいる。誰にも言っていない言葉だ。

左手が何をしているか、右手が知らない。それがこの島を動かしている原理だ。怖いのは——左手も、自分が何をしているか、よくわかっていないことだ」——桐島が、深夜に一人でいる時だけ考えること


D区 未整備・自生区画(通称:ウラ)

街の全体像

建設フェーズで「第二期開発区画」として整備されるはずだったエリア。計画縮小で放置されたが、人間が入ってきた。設計されなかったが、街になった。

B区の端から続く道が、ある地点で舗装の継ぎ目に草が生え始める。もう少し進むと舗装が途切れ、砂利と土になる。そこがD区の入口だ。「入口」の表示はない。

初めて来た人間が最初に感じるのは匂いだ。ディーゼルの排気と、魚を焼く煙と、植物の青臭さが混じった、独特の匂い。次に音——発電機の唸りと、どこかで誰かが話している声と、金属を叩く音。

コンテナが積み重なって「壁」になっており、その間を縫うように通路が走っている。通路の幅は場所によって全く違う。設計された街路ではなく、人が歩いた結果として生まれた道だ。

D区に初めて来た行政官が「無秩序」と評した。田端は「秩序はある。ただし別の秩序だ」と返した。両方が正しい。

コンテナ街

2032年頃から始まった。最初に来たのは「B区の空き部屋に入れなかった人間」だという説と「わざとここを選んだ人間」だという説がある。どちらも正しいと番頭の神谷は言う。

現在、数十基のコンテナが1〜3段に積み重なっている。単体のコンテナが住居になっているもの、2基を横に並べて広くしたもの、上に板を渡して屋根付きの「広場」を作ったもの。設計はない。全員が思い思いに積んで、結果として街になった。

電気は二系統。ディーゼル発電機(各自持ち込み)とスマートグリッドへの無断タップ。無断タップはC区のメッシュ配電網から延長コードを引いたもので、厳密には違法だが島警察は黙認している(木下も黙認している——対応する正規手続きがないからだ)。ディーゼルの燃料はみなみ丸で運ばれてくるものを神谷のネットワークが確保する。

コンテナ内部:外から見ると「暮らせるのか」と思うが、内部は工夫されている。結露対策で壁に断熱材を貼ったもの、棚を自作して収納を作ったもの、小さな鉢植えを窓際(換気口の前)に置いたもの。「仮の場所」として来て、気づいたら長期になった人間が多い。荷物は少ないが、生活は根付いている。

神谷のコンテナ:2段積みの上段。外側に手すりが付いており、屋根(コンテナの上面)に出られる。そこが神谷の「空を見る場所」だ。内部は意外に整っており、法律の解説書・経済の入門書・古い小説が数冊ある。

コンテナ街の秩序:番の世話人が各エリアを担当している。「誰がどこに住んでいるか」「今日の相場はいくらか」「誰が困っているか」——これらの情報は世話人を通じて神谷に集まる。トラブルが起きた時、シマケイに連絡が来る前に番が動いていることが多い。

廃工区

コンテナ街の外れ、D区の最も奥まった位置。建設フェーズの仮設作業小屋が撤去されないまま残っている。

トタン屋根の小屋が数棟。植物に飲み込まれつつある。外壁に蔓が這い、屋根に雑草が生えているものもある。

公式には「撤去予定の仮設施設」であり、行政文書上は「空」になっている。実際には推定4〜7名が住んでいる。

大城巡査部長だけがその存在を把握しており、年に一度「通りかかる」。通りかかるだけで、何も言わない。何もしない。住んでいる人間も何も言わない。「通りかかった」という事実だけが双方の間に残る。

住んでいる人間がどこから来たか、D区の住民でさえよく知らない。廃工区に「流れた」人間は、コンテナ街の番のネットワークにも入っていない。神谷は彼らの存在を知っているが、「そこまで手が届かない」と言う。

廃工区の空気:植物の気配が濃い。風が吹くと蔓が揺れる。人の声はしない。ただ、人が住んでいる気配は確かにある——朝、煙が上がることがある。


非正規の商業活動

正規の店舗・施設として登録されていない経済活動の一覧。行政が「把握していない」ものと「把握しているが手を出せない」ものが混在している。

総論として:トカポの信用低下・BI購買力の実質的な下落・定期船の減便という三つの圧力が重なることで、正規ルートでは満たせないニーズが島内に蓄積している。非正規経済はその「すき間」に自然発生した。取り締まる側(島警察・統括局)は人員不足と「黙認した方が秩序が保たれる」という現実の前に、介入を最小限にとどめている。

B区に存在するもの(正規店舗の「外側」)

非公式の理美容

本土の美容師免許が島内でどこまで有効かを問う行政解釈が「検討中」のまま止まっている。その空白の中で、「知り合いの家で切ってもらう」が対価を伴うようになり、事実上の非公式理髪・美容として定着したケースが複数ある。B区の自生棟の一室が「予約制」で動いている。

非公式の子ども預かり

第一世代の親たちの間で「今日ちょっと見ていて」が恒常化し、実質的な託児になっているケース。対価はトカポの場合も現物(食料・労働の交換)の場合もある。大城のノートに「非公式預かり、B区7棟・3戸、子ども計4名」という記載がある。学習センターの有志授業担当者の一部がこの実態を把握しており、黙認の上で連携している。

非公式の個人売買市

みなみ丸の入港翌日、スーパー「ナンジィ」の前の広場に自然発生する。住民が不要品・自家製品・自生植物の加工品などを持ち寄る。トカポ・現物双方での取引が混在する。統括局は「登録されていない販売活動」として問題視しているが、対応する人員がいない。入港翌日だけ広場に活気が出る、という点では島の数少ない「祭り感のある日常」でもある。

非公式の通信代行

本土との連絡を「代わりに送る・受け取る」サービス。メッシュネットワークの電波が届かない区画の住民が、B区在住の知人を通じて連絡を取る形態。対価はほぼ発生しないが、「貸し借り」の感覚で機能している。その「貸し」は別の形で返ってくる——という島の非公式な互恵関係の基盤のひとつ。

D区に存在するもの(番のネットワーク内外)

路上・露天の直売

コンテナ街の通路の一角、あるいはコンテナの「出窓」的な開口部を利用した販売。オジイの魚の一部(「帰り旗」に持ち込まない分)、D区在住の元漁師の漁獲、農業施設から番ルートで来た横流し野菜など。値段は交渉制。トカポより現物(魚・調理済みの食料・日用品)での交換が好まれる。

D区の「今日の相場」は番が事実上決めているが、路上直売の値決めは個人間の交渉が先で、番の相場がその目安になっている。どちらが「先」かは曖昧だ。

自家醸造・密造酒

亜熱帯の島にはパパイヤ・ドラゴンフルーツ・半野生化したサトウキビの茎があり、醸造に使える材料は豊富だ。トカミの規制緩和実験には「嗜好品の段階的規制緩和」が含まれているが、その対象はあくまで正規流通品である。正規ルートとは別に、D区のコンテナのいくつかで自家醸造が行われていることは、番も島警察も認識している。田端は「飲んで死ぬレベルのものでなければ」という非公式の基準を持っている。

一夜の宿(非公式の宿泊)

みなみ丸で来島したがトカポウォレット登録を避けたい人間、正規入島ルートを通らずに上陸した人間は、B区の正規住宅には入れない。そうした人間に「一泊いくら」でコンテナの一角を貸す形態が存在する。番の世話人を通じた紹介制で、いきなり来ても断られる。支払いは現金(本土円)またはトカポ。神谷は「ここに来る人間に理由を聞かない」という原則を持っており、それが「宿」としての信頼の根拠になっている。

非公式の情報売買

「誰が今日いくらで魚を売っているか」「みなみ丸に何が積まれてくるか」「今月の統括局の動き」——情報は価値を持つ。藤堂の「帰り旗」が半分そういう機能を担っているが、より露骨に「教えてほしければ対価を払え」という形で動いている人間がD区に複数いる。番のネットワークに属していない独立系が多く、神谷はこの層を「使えるが、コントロールできない」と評している。

薬物・嗜好品の非正規流通

正規の規制緩和実験とは別ルート。「トカミなら買える」という噂が本土に流れていることは既存設定の通りだが、正規ルート(統括局管理下の実証)と並走する形で、完全な闇ルートが存在している。みなみ丸の貨物への混入、南部断崖ルートを使った直接搬入の両方が神谷の認識にある。神谷はこの流通の「上」には関与していないが、D区内での動きは把握している。黒瀬(保安局)が最も警戒している非正規活動のひとつ。

非公式の医療・民間療法

医療センターまでの距離・受診のための手続き・そもそも記録に残したくない、という理由で正規の医療機関を使わない住民がいる。D区在住の元医療関係者(経歴不詳)が「見てあげる」という形で対応しているという話が番のネットワーク内で流れている。桐島はこの話を聞いているが、「医療センターへの通報案件かどうか判断できない」と田端に漏らしたことがある。田端の返答は「私も聞いていない」だった。

非公式のタクシー的輸送

自動運転が機能しない区画、荷物が多い住民向けに、改造した二輪や軽車両で移動・輸送を請け負う人間がいる。D区内の移動はほぼこれで賄われている。トカポ払い可能だが相場はその日の気分で変わる。


6. 南部エリア詳細

概要

島の面積の約40%を占める未整備地帯。計画当初「自然保護区」として設定されたが、予算縮小で管理放棄された。C区フェンス南端から南嶋岳山頂・断崖地帯・海蝕洞窟群にいたるまで、行政の管理が実質的に及んでいない。

島民の間では「南に行くな」という非公式の了解がある。理由を説明する大人はいない。

地理構成

北限:C区フェンス南端・農業実証エリア南縁
中部:一次林(天然熱帯林)。人の手が入っていない
南部:断崖地帯。最高峰「南嶋岳」(412m)
東南:海蝕洞窟群。干潮時だけ入れる洞窟がいくつかある
西南:旧島民の漁師道跡。一部は完全に自然に飲み込まれている
最南端:「ハテの鼻」と呼ばれる岬

主要スポット

場所 内容
南嶋岳(412m) 島の最高峰。頂上は視界を遮るものが何もない。晴れた日、空気が澄んでいる日には水平線がいつもより遠くに見える気がする。見えそうで、見えない——本土は見えない
ハテの鼻 最南端の岬。旧島民はここで死者を送り出す儀礼をしていたとされる。南の海だけが広がっている
海蝕洞窟「ナンジィ穴」 旧島民の呼び名。干潮時のみアクセス可能。内部に旧島民の落書きがある
放棄重機置き場 建設フェーズの重機が熱帯植物に飲み込まれている。一部はまだ動く可能性がある
旧島民の石積み 北浦集落の人々が使っていた祭祀跡と思われる石の配置。オジイも正確な場所を知らない
第三区画フェンス南端 林の中からフェンス越しに第三区画の一部が見える地点がある
シンの「場所」 シンが夜間に向かう先。何があるか未確認

「南に行くな」の理由

島民がこう言う理由は複数ある。誰もその全てを知らない。

人物 理由
田端(島警察) 過去に南部で「事案」があった。記録には残っていない
桐島(統括局) 第三区画フェンス南端の存在。見られたくないものがある
神谷(番) シンが何かを知っている。それ以上は言わない
オジイ 「カラスの日」にだけ、南の方を長く見ている
大城(シマケイ) ノートに「南部・要確認」という記載が3箇所ある

南嶋岳について

標高412m。島で唯一、頂上に立つと視界を遮るものが何もない。

晴れた日、空気が澄んでいる日——水平線がいつもより少しだけ遠くに見える気がする。「あの向こうに、あるんだ」と思える。でも本土は見えない。地球の曲率の問題だ。頂上からでも見える水平線は70〜80kmが限界で、本土ははるか彼方にある。

見えそうで、見えない。 それがこの場所の本質だ。

「見えた」と言い張る者と「見えてない」と言う者が、頂上で言い争う。どちらが正しいかは永遠に決着がつかない。


7. 統治組織の構造

内閣府(本土)
 ↓(年次評価・予算)
渡神島実証統括局(トウカツ)
 ↓(指揮監督・建前)
┌──────────┬──────────┐
渡神島保安局  渡神島警察署  特別自治議会
          ↕(摩擦)
       自警組織「番」
          ↕(非公式交渉)
         住民

① 渡神島実証統括局(トウカツ)

本土への体裁維持と折衝に専念。局長の2年任期固定により「任期中に問題を起こさない」ことが優先される構造的問題。

局長の早期離任について:制度上の任期は2年だが、島の現実(隠蔽すべき案件の多さ・第三区画の存在・インフラ崩壊の進行)に直面した局長が任期を全うできずに離任するケースが後を絶たない。「体調不良」「家庭の事情」という理由で短期間のうちに交代した局長が複数おり、桐島次長が「11年で8人を見送った」という数字はその結果だ。逆に言えば、島の実態を最も深く把握している人間は、2年任期の局長ではなく11年居続ける桐島次長だということでもある。

② 渡神島保安局(ホアン)

本来の任務は実験情報の秘密保持と情報漏洩防止。現在の実員8名(設計定員35名)。第三区画の警護が主任務となっており、D区はほぼ放置。

島警察との関係:非公式ルールとして「C区とA区の案件は保安局、それ以外は島警察」という棲み分けがあるが、文書化されていない。

③ 渡神島警察署(シマケイ)

日常治安の実質的担い手。署長は2年で交代し、島の事情を理解する前に帰る。副署長・田端が8年在籍し、島の実情を最も把握している。

④ 特別自治議会

定員12名。本来は諮問機関だが実質的に「島のルール」を決めている。

属性 人数
利権系(建設・物流・エネルギー) 4名
研究・技術系 2名
BI依存住民代表 3名
第一世代代表(水城透・19歳) 1名
番系(表向き自営業) 1名
独立系(元研究者) 1名

⑤ 自警組織「番(バン)」

法的には存在しない。D区と一部B区の秩序を維持する事実上の第四権力。番頭・神谷龍一のもと、各棟・各コンテナ区画の「世話人」十数名で構成。

島警察との関係:副署長・田端と番頭・神谷の間に個人的な「非公式ライン」がある。信頼でも対立でもない均衡状態。

組織間の主な摩擦

  • トウカツ ←「現場を知らない」→ 島警察・保安局
  • 保安局 ←「情報を共有しない」→ 島警察
  • 島警察 ←「秩序が違う」→ 番
  • 議会内部:利権系 vs 研究系 vs 第一世代の三つ巴

8. 政治・選挙制度

国政選挙

渡神島は都道府県から独立した特別立法区域であるが、公職選挙法上の選挙区は東京都第27区(小笠原・父島)に編入されている。住民は衆議院・参議院ともにこの選挙区で投票権を行使できる。

実態はほぼ機能していない。

投票は渡神港ターミナルの一角に設けられる「期日前投票所」でのみ受け付ける。常設ではなく、選挙のたびに統括局総務課が机と投票箱を持ち出して設置する。投票箱はみなみ丸で父島に送られ、小笠原村の選管に合算される。

投票率は直近3回の国政選挙でいずれも11〜18%台。島民の間に「自分たちの票が本土の選挙区に吸収されている」という感覚があり、「誰が当選しても渡神島には関係ない」という諦念が定着している。BI依存層は投票に行かない。D区の住民の多くは住民票が本土のままか、あるいは住民票自体が存在しないため、そもそも投票権がない。

第一世代で選挙権を持つ水城透(19歳)は投票している。「記録として残すため」というのが本人の理由だ。対立候補の名前は知っているが、顔を見たことがない。


島内選挙——特別自治議会

議員定数と任期

定員12名・任期3年・直接選挙。被選挙権は島内在住1年以上の18歳以上。水城透が19歳で立候補・当選できたのはこの被選挙権年齢によるもので、本土の地方議会より4歳低い。この設定も「実証項目」のひとつだった。

投票システム

電子投票を導入しているが、都市OSとは独立した専用端末を使用する。統括局が管理する閉じたネットワーク上で動き、トカポウォレットとの連携はない。黒瀬(保安局)は技術的に選挙システムへのアクセス手段を持たない——少なくとも、公式にはそういう設計になっている。

有権者資格はトカポウォレット登録済みの正規住民に限られる。非公式住民・住民台帳外の者は投票権を持たない。推定100〜150名の非公式住民が政治的に完全に不可視な存在になっている。

選挙の実態

投票率は60〜70%台で推移しており、国政選挙と比べると高い。「みなみ丸が来るかどうか」「トカポのレートがどうなるか」は身近な問題として実感されるため、島内選挙への関心は相対的に保たれている。

ただし選挙運動はほぼ形式的だ。島の人口規模では全候補者の顔と素性が事前に知れ渡っており、「演説」より「帰り旗でどう話すか」の方が実質的な選挙運動になっている。藤堂はこれを観察してノートに書いている。

BI依存層の組織票問題

約2,200人のBI依存層は数の上では最大勢力だが、組織的な行動は取らない。「誰が当選しても同じ」という感覚と「BIが止まることへの恐れ」が混在しており、結果として現状維持に近い投票行動になる。五十嵐(議長)がこの層の「漠然とした不満を刺激しない」戦略を徹底しているのはそのためだ。

水城透の立候補経緯

本土の大学認定問題を訴える場が欲しかった。議会という「記録が残る場所」で発言し続けることに意味があると考えている。当選できたのは第一世代600人のほぼ全員が票を投じたことと、利権系が「若者を一人入れておけば体裁が保てる」と計算して対立候補を立てなかったためだ。水城はその計算を知っている。


「政治」が届かない場所

渡神島の政治は、島の実態の一部しか扱えない。

議会が議論できるのは「正規住民の問題」だけだ。非公式住民の存在は議題に上がらない——上げると、その存在を公式に認めることになる。大城のノートにある問題を、水城は知っている。しかし議会で発言する方法がない。

オジイは一度も島内選挙に投票していない。「この議会で決められることと、この島で本当に決まることは別だ」という認識で、それ以上を語らない。


9. 司法・法務体制

裁判所の不在

渡神島には裁判所がない。

本土の地方裁判所・簡易裁判所に相当する機能は、法制度上東京地方裁判所八丈島支部の管轄に編入されている。島内で刑事事件が発生した場合、被疑者は父島経由・本土送致という手順を踏む。ただし実際に本土送致まで至った案件は、開島15年間で2件しかない。

弁護士は島内に常駐していない。本土から弁護士を呼ぶには費用と時間がかかる。費用はトカポで払えない——弁護士費用は本土円建てだ。法テラス相当の制度が「実証項目として設けられている」とされているが、担当窓口は統括局総務課が兼務しており、実際に機能した記録がない。


AI司法支援システム——設計と現実

開島当初の実証項目のひとつとして「AI司法支援システム」が導入された。軽微な違反行為(無断駐車・トカポの不正利用・軽微な器物損壊等)をAIが自動判定し、当事者のトカポウォレットから自動的に「課徴金」を差し引く仕組みだ。

設計思想は単純だった。軽微案件を自動処理することで警察と行政の負荷を下げ、人間が判断すべき案件に集中できるようにする、というものだ。

現在の実態

AIの学習データは2031年以降更新されていない。端末の「推奨判定オプション」が現在の法的基準からズレていることを田端は把握しており、「参考程度」として扱っている。システムを止めると統括局への報告が必要になるため、誰も止めることを提案しない。医療センターのAI診断システムと同じ構造だ。

判定の誤作動が複数件発生している。代表的なものが「幽霊判決問題」だ。


幽霊判決問題

2036年、B区在住の住民(BI依存層・40代男性)のトカポウォレットから、理由不明の課徴金8,400トカポが自動引き落とされた。当人は身に覚えがなく統括局に異議申し立てを行ったが、システムが「判定済み・確定」と返答するのみで人間の担当者が対応できなかった。

問題はここからだ。異議申し立ての手続きが制度上存在するが、その審査をするのも同じAIシステムだった。AIはAI自身の判定を「正当」と再判定した。

田端が介入して手動でシステムを調査したところ、存在しない違反行為に対する判定が執行されていたことが判明した。原因はシステムのバグとみられるが、ログが不完全で特定できていない。課徴金は返還されたが、同種の案件が他にも発生していた可能性が否定できない。

この件は「係争中」として処理され、現在も正式な解決を見ていない。AI司法支援システムの信頼性に関する問題として本土メディアに取り上げられたが、記事は技術的な問題提起にとどまり、島の住民が被った具体的な影響には触れなかった。

朝倉は幽霊判決のログを解析しようとしたことがある。ログの一部が都市OSの深夜プロセスと同じタイムスタンプに集中していることに気づいた。それ以上を追えていない。


田端の「非公式司法」

田端が在島3年目に「正式な捜査記録に残っていない事案を処理した」という設定の背景には、この島の司法の空白がある。

本土送致まで至るには、被疑者の身柄確保・父島への移送・東京地裁八丈島支部との調整・弁護士の手配——という手順が必要だ。これを実行できる人員も予算も、島警察にはない。

結果として、島で起きる事案の多くは以下のいずれかで処理される。

処理方法 内容
AI自動課徴金 軽微案件。幽霊判決リスクあり
田端と神谷の非公式ライン 当事者間の「解決」を番が仲介。記録に残らない
島警察による「指導」 逮捕・送致なしの事実上の警告。繰り返すと番に「話が行く」
黙認 人員不足と管轄の曖昧さにより対応されない案件
本土送致 15年間で2件のみ

田端はこの構造を「島の司法」と呼んでいる。法律の教科書に載っている司法ではない。しかし「動いている」という事実が、田端にとっての正当性だ。

宮本は赴任2年目にこの構造を理解し始めた。理解したことと、納得したこととは、別の話だ。まだ名前をつけていない感情が一つ増えた。


留置施設の実態

島警察の留置施設は定員4名。15年間でのべ使用回数は11回。うち8回は「みなみ丸入港日の騒動による一時保護」で、翌朝には全員釈放されている。

正式な逮捕・勾留に至った案件は3件。うち2件は本土送致、1件は「田端が処理した」案件だ。

留置室は清潔に保たれている。使用頻度が低いため、劣化が少ない。当直の警察官が時々換気のために扉を開けるのが日課になっている。


非公式住民の法的地位

住民台帳に記載のない非公式住民は、法的に極めて脆弱な立場に置かれている。

彼らが犯罪の被害に遭っても、被害届を出す手段がない——届け出ると自分の非公式滞在が露見するからだ。逆に何らかの「違反」を問われた場合、AI司法システムはウォレットを持たない人間を処理できない。田端の「非公式司法」だけが、彼らに関わる事案の唯一の処理経路だ。

大城は非公式住民が関わる案件を「記録に残らない形で解決する」作業を年に数回行っている。ノートには書く。報告書には書かない。田端はそれを知っている。何も言わない。

シンは住民台帳にない。法的には「この島に存在しない」人間だ。神谷が非公式の保護者として機能していることの意味は、この法的空白の中でシンを守る人間が神谷しかいないということでもある。


「法律」という言葉の重さ

水城透(19歳)は議会で「法的根拠を示してください」と発言することがある。五十嵐(62歳)が苦笑する。桐島が目を伏せる。

この島で「法的根拠」という言葉を正面から使える人間は少ない。使えば、自分たちが拠って立っている場所の地盤が揺れるからだ。

渡神島技術実証特別措置法という「法律」によって作られた島で、その法律が想定していない現実が15年かけて積み重なっている。どこからが「法律の外」で、どこまでが「法律の中」かを、この島の誰も正確には言えない。

「法律ってのは、守れる人間が守るものだ。守れない条件に置かれた人間に、守れと言うのは別の話をしている」——田端が宮本に言ったことのある言葉。宮本はまだその言葉を飲み込めていない。


10. 利権構造

前提:「誰が金を出しているか」

渡神島に流れ込む金の源泉はほぼ全額が国費だ。民間資金が入っているのは第三区画関連(製薬・バイオ)のみ。利権とは「この国費の流れに、どう噛んでいるか」の構造である。

内閣府予算
 ↓
・インフラ維持費
・統括局・保安局・警察の人件費
・BI給付金
・農業・漁業実証補助金
・医療・研究助成金
・定期船「みなみ丸」運航補助
 ↓
これが島の経済の血液

第一層 建設・土木利権(最も古く、最も太い)

主要プレイヤー:五十嵐浩二(議長)が結節点

2022年の建設フェーズで形成された最初の利権。本土の中堅ゼネコン数社が島のインフラ整備を受注し、五十嵐はそのコンサルタントとして中間に入った。

「劣化したインフラの補修工事」が定期的に発注される
 ↓
本土の同じ業者グループが随意契約で受注
(競争入札が困難な「離島の特殊事情」を理由に)
 ↓
五十嵐の事務所が「島内調整費」として中間マージンを取る
 ↓
工事は最低限しか進まない
(完全に直してしまうと次の発注がなくなる)
具体的案件 実態
スマート集合住宅の外壁補修 毎年同じ箇所を「応急処置」で発注。根本修理はしない
自動運転システムのノード交換 部品単価が本土の3〜5倍で計上されている
渡神港の岸壁補強 2034年から「検討中」のまま毎年予算が計上され執行されない
D区の「整備計画」 計画書だけが毎年更新される。着工したことがない

第二層 物流・輸送利権

主要プレイヤー:みなみ丸運航会社・島内輸送業者

運航会社は国から「離島航路補助金」を受け取っている
 ↓
週1便に減便されても補助金の計算基準は「旧来の週2便」のまま
(変更するには審査が必要で、誰も申請していない)
 ↓
実態より多い補助金を受け取り続けている

島内輸送も同様の構造。「離島割増」という名目で輸送単価が本土の2倍以上に設定されており、これが食料・物資の高コスト構造の一因になっている。

第三層 エネルギー利権

主要プレイヤー:洋上風力・水素プラントの保守業者

設備の設計・施工業者が保守契約も独占している
 ↓
「専用部品」という名目で汎用部品の10倍の価格を請求
 ↓
木下(技術者)が自作代替品で対応しているのは
実はこの構造への個人的な抵抗でもある
 ↓
木下が倒れると正規ルートで発注せざるを得なくなる
→ 保守業者にとって木下は「邪魔な存在」

洋上風力の「定期メンテナンス」は年2回、本土から技術者チームが来島する。その渡航費・滞在費・作業費の請求額が毎年膨らんでいる。桐島は数字の異常に気づいているが、代替手段がないため承認し続けている。

第四層 研究・医療利権

主要プレイヤー:第三区画関係の製薬会社・バイオベンチャー

国立大学研究チームに対する「科研費」として国費が投入
 ↓
実質的な研究は製薬会社・バイオベンチャーが主導
(大学チームは「倫理審査のガリバー」として機能している)
 ↓
島民を対象にした治験データが「研究成果」として蓄積
 ↓
そのデータの特許・商業利用権は製薬会社が保有

この構造を知っているのは桐島と黒瀬のみ。製薬会社の一社は、計画推進当時の政治家の後援企業だ。計画をやめられない「秘密の理由」の最も深い部分に、この利権が絡んでいる。

第五層 トカポ・デジタル経済利権(最も新しく、最も不透明)

主要プレイヤー:都市OSの設計・管理業者(本土のIT企業)

全決済はトカポを通る
 ↓
決済手数料が業者に入る(金額は非公開。住民に開示されていない)
 ↓
決済データが都市OSに蓄積される
 ↓
そのデータの「二次利用権」が契約書の細則に含まれている
(住民はトカポ登録時の同意書でこれに「同意」している)

朝倉が発見した「深夜の謎のプロセス」は、このデータの外部への送信と関係している可能性が高い。トカポのレートは「都市OS管理業者」が実質的な決定権を持っている。なぜレートが下落しているのか、島民には説明されていない。

利権の相関図

内閣府予算
 ├── 建設・補修費  → 五十嵐ネットワーク(ゼネコン・コンサル)
 ├── 輸送補助金   → みなみ丸運航会社・島内輸送業者
 ├── エネルギー保守費 → 洋上風力・水素プラント保守業者
 ├── 研究助成金   → 製薬会社・バイオベンチャー
 └── 都市OS管理費  → IT企業(データの二次利用が本当の収益)

    ↓ 島内の調整役・窓口
   五十嵐浩二(議長)
    ↓ 情報管理・漏洩防止
   黒瀬隆(保安局)
    ↓ 全体把握・報告書操作
   桐島誠一郎(統括局次長)

11. 計画がやめられない理由

計画をやめるためには、誰かが「やめる」と言わなければならない。その「誰か」が存在しないことが、この計画の本質的な問題だ。政治・法律・経済・人間・秘密という五つの層が絡み合い、互いを補強し合うことで、「やめる」という選択肢が構造的に消えている。

第一層 政治的理由

計画を「失敗」と認定してやめることは、決定者たちの政治的責任を確定させる。計画が続いている間は「まだ評価中」であり、「失敗」という言葉を誰も使わずに済む。また評価指標を変え続ける限り、計画は永遠に「成果を上げ続けている」ことになる。15年間で評価軸が四回変わっている。ただしその議事録は非公開だ。

「継続の予算を承認するのは簡単だ。数字を前年踏襲にするだけでいい。廃止するには、理由を書かなければならない。理由を書いた人間が、責任を負う」——桐島が酔った夜に田端に漏らした言葉

第二層 法的・制度的理由

渡神島技術実証特別措置法には、計画を終了させるための条件が明記されていない。廃止するためには新たな立法が必要だが、廃止法案を書く官僚は自分のキャリアを傷つけることになる。また現在の島の住民構成では、廃止の住民投票をしても廃止派が過半数を超える可能性は極めて低い。住民を「賛成」で囲い込むように設計した計画は、その構造ゆえに廃止できなくなった。

第三層 経済的理由

廃止した場合に発生するコストが誰にも試算されていない。島のインフラ撤去・住民の本土移送支援・トカポの清算・旧島民協定の清算・第三区画の法的後処理——桐島の非公式試算では、廃止後処理のコストは今後10年の継続コストを上回る。この試算は「引き出しの中の資料」であり、公式には存在しない。

第四層 人間的理由

計画廃止は6,800人の現在の生活を終わらせる。人道的問題が「やめない」ための最も使いやすい理由になっている。

特に第一世代という「作ってしまった存在」が問題だ。国が作った実験都市で育った子どもたちが、計画廃止の「生きた反対理由」になっている。そして桐島という「継続装置」がいる。彼がいるから、計画はゆっくりとしか壊れない。ゆっくりとしか壊れない計画は、やめる「決定的な瞬間」を作らない。

第五層 秘密の理由

第三区画で何かが起きている。研究が「成功」に近づいていれば、なおさらやめられない。都市OSが蓄積したデータの価値。15年分の「人間の生活データの完全記録」が渡神島には存在する。計画を廃止することは、この「データの生産」を止めることを意味する。

そして最も根本的な理由:「やめ方を誰も設計しなかった」こと。

【表の理由】
「成果を評価中」「住民の生活を守るため」「研究の継続性のため」
      ↓
【中間の理由】
政治的責任の回避 / 法的廃止手続きの困難 / 埋没費用の重さ / 利権の維持
      ↓
【本当の理由】
第三区画で何かが起きている / データが誰かに使われている
「やめ方」が最初から設計されていなかった

12. 実験項目と15年後の現実

実験テーマ 15年後の現実
完全キャッシュレス・デジタル通貨(渡神ポイント) 本土円と乖離し独自経済圏化。闇両替業者が存在する。レート下落中
ベーシックインカム実証 働く層と依存層に二極化。豊かになった層の大半は本土へ去った
薬物・嗜好品の段階的規制緩和 管理できている部分とできていない部分が混在。「トカミなら買える」という噂が広まっている
AI司法支援(軽微犯罪の自動判定) AIの学習データの偏りが指摘され係争中。一部判決が宙に浮いている
遺伝子・医療データの全共有 本土では通らないレベルの医療研究が進んだ。倫理審査が形骸化しつつある
教育の完全個別最適化(学校なし) 第一世代が本土の大学に行けない問題が浮上。文科省との折衝は「検討中」のまま3年

「ガタ」の象徴として使えるもの

  • AIシステムの「幽霊判決」問題 — 係争中のまま執行された判決がある
  • 第一世代の進路問題 — 彼らはトカミしか知らない
  • トカポの信用不安 — 本土との兌換比率が政治問題化
  • 定期船の減便圧力 — 財務省のコスト削減要求
  • 保安局と島警察の管轄争い — 事件のたびに揉める
  • 都市OSの深部で動く謎のプロセス — 何をしているか誰もわからない

13. ベーシックインカム詳細

設計思想と本来の目的

トカミのBIは「完全キャッシュレス環境下におけるBI給付の行動経済学的実証」として設計された。現金ではなくトカポで給付することで、使途・消費パターン・労働意欲への影響を完全にトレースできるというのが設計の肝だった。

住民の生活を支援することが目的ではなく、住民の行動データを取ることが本来の目的だった。

給付の仕組み

給付対象と給付額

対象 月額給付 備考
成人(18歳以上) 月12万トカポ 稼働当初は本土円と1:1換算だった
未成年(18歳未満) 月4万トカポ 保護者口座に給付
研究・技術職登録者 月8万トカポ+給与 BIと給与の二重受給が可能
行政職員 給与のみ BI対象外(本土給与体系を維持)

給付日

毎月1日、自動的にトカポウォレットに入金される。この日をD区では「一日(ついたち)」と呼び、現物市場の相場が一時的に下がる(トカポの流通量が増えるため)。

15年間の変化

2026〜2029年(黄金期)

給付額と本土円の換算レートが安定していた。BIだけで島内の生活コストをほぼ賄えた。「働かなくてもいい島」として一部に理想化され、移住希望者が殺到した。この時期に入島した層の中に、本土での生活に疲れた人間・働くことをやめたかった人間が多く含まれていた。彼らが後の「戻れない一般住民」の核になる。

2030〜2034年(分化期)

BIを「底上げ」として使いながら働く層と、BIだけで生活する層への二極化が顕著になった。働く層の多くは本土へ帰った——スキルのある人間ほど本土の方が稼げることに気づいたからだ。残ったのはBI依存層と、島でしか働けない理由がある人間だった。

2035〜2041年(劣化期)

トカポのレートが本土円に対して下落し始めた。月12万トカポの実質価値が下がり続けている。原因は複数ある。島の生産力(漁業・農業)が計画を大幅に下回ったため、トカポの裏付けとなる実物経済が脆弱すぎた。都市OS管理業者がレートの実質的な決定権を握っており、透明性がない。本土との兌換比率が「政治的に決まる」状態になっている。

現在の状況

月12万トカポの現在の実質価値:本土円換算で約7〜8万円相当
(下落率:約30〜35%)

BI依存層(約2,200人)の家計:
 ・食費を切り詰めている世帯が増加
 ・食事の回数を減らす住民が出始めている
 (大城のノートに記録)

D区の現物経済:
 ・トカポへの信頼が薄い住民が魚・野菜を直接交換
 ・番が「今日のD区の相場」を事実上決めている
 ・この相場がトカポの実質的な信頼度の指標になっている

BIが生んだ「島の二つの顔」

BIという制度が、二種類の「自由」を生んだ。

前向きな自由:生活の心配なく研究・創作・コミュニティ活動に専念できる。学習センターの非公式授業を支える有志の大人たちの多くは、BIがあるから時間を割ける。

後ろ向きの自由:何もしなくていい自由。BIコミュニティスペースに集まるBI依存層は「悪人」ではない。ただ動く理由を見失った人間たちだ。

「BIは人間を自由にするか怠惰にするかという問いは間違っている。人間がすでに何を求めているかを、BIは拡大するだけだ」——藤堂恵のノートより


14. 通貨・決済の詳細

トカポウォレットの仕組み

入島時にAIによる生体認証とセットで強制登録される。本土のスマートフォン決済に近いイメージで、端末をかざすことで支払いが完了する。個人間送金も可能であり、正規住民同士であれば送金者・受取人・金額・日時を指定してトカポを移動できる。

全ての決済・送金履歴は都市OSに記録される。決済手数料は都市OS管理業者に入る。住民はトカポ登録時の同意書の細則でこれに「同意している」が、読んだ人間はほぼいない。

黒瀬(保安局)は技術的にこの全履歴にアクセスできる立場にある。トカポの送金履歴は「島の人間関係の地図」になる。長く住む島民の中には、それを意識して意図的に現物払いや円払いに切り替えている人間がいる。

公式レートと実勢レートの二重構造

公式レート

統括局がトカポ運営規則に基づいて公示する本土円との換算比率。トカポ端末に表示される数字。稼働当初は1トカポ=1円だったが、現在は約0.65〜0.70円相当まで下落している。

このレートを実質的に決定しているのは都市OS管理業者だ。レートの計算式は契約書の細則に含まれているが非公開であり、統括局は業者が算出した数字を確認して承認するという手続きを踏んでいるに過ぎない。計算の根拠を独立して検証できる人間は島にいない。朝倉が最も近い位置にいるが、それでも「なぜこの数字になるのか」を完全には追えていない。

実勢レート

非公式両替所(ナカ商店街のコンサルタント事務所)が日替わりで提示するレート。この数字の根拠はD区の現物相場だ。

島の実態(食料の量・孤立リスク・需要・みなみ丸までの日数)
 ↓
D区の現物相場(番・神谷が事実上管理)
 ↓
非公式両替所がその相場を読んでレートを設定
 ↓
「実勢レート」として島民に流通する

長く住むほど実勢レートを信じる。生活の実感と一致しているからだ。端末の表示と両替所の黒板で異なる数字が出ている状態が島の日常であり、その差が広がるほど「制度が現実を反映していない」という感覚が積み重なる。

三種の通貨と信頼の序列

島内では事実上、トカポ・円・現物の三種が並走している。

通貨 信頼の根拠 弱点 主な流通層
トカポ BI給付の媒体。島内決済インフラが整っている 発行主体への不信。レート下落が止まらない 正規住民全般
本土経済の裏付け。島の外でも使える 島内流通量が限られる。入手経路が限られる 非公式住民・業者・長期住民の手元
現物(魚・野菜・酒等) 腐る・重いが、確かに存在する 保存・輸送に限界がある D区・BI依存層・非公式住民

基本の序列は「島の外で使えるか」という一点で決まり、円>トカポ>現物となる。ただしこの序列が逆転する場面がある。

場面 逆転の内容
みなみ丸入港前日 食料の現物価値が上昇。「魚一匹」が「1,000トカポ」より交渉力を持つ瞬間がある
BI給付日(毎月1日) トカポの流通量が増え希少性が下がる。D区の現物相場が一時的に上昇する
台風孤立中期(4〜7日目) 現物>トカポ≒円の逆転が起きる。買えるものがなければトカポに価値はない
台風孤立長期(8日目以降) 現物>>円>トカポ。トカポが実質無効化する時間帯が発生する

台風孤立中に「トカポで何も買えない」という体験を年に数回繰り返すBI依存層が、なぜトカポへの信頼を失い続けるか——経済学的な説明よりも、この体験の蓄積が不信の正体だ。

記録される経済と記録されない経済

個人間送金が可能なトカポは、正規住民同士のやり取りをほぼ全て記録できる。これが島内経済を「見える層」と「見えない層」に分断している。

記録される世界(トカポ)

  • 正規住民の日常的な支払い
  • BI給付と消費
  • 公式・非公式を問わず端末を持つ店舗への支払い
  • 正規住民同士の個人間送金(謝礼・立替・貸し借りを含む)

記録されない世界(円・現物)

  • 非公式入島者・廃工区住民の全取引(ウォレットを持っていない)
  • 脛に傷を持つ人間が意図的に避けるトカポ取引
  • 非公式両替所・非公式宿泊・非公式港湾労働の対価
  • D区の路上直売・物々交換

この境界線が「都市OSから見える人間」と「見えない人間」の分断線と一致している。長く住む島民の一部は、特定の取引を意図的に円・現物に切り替えることで、自分の行動の一部を記録から外している。

非公式店舗の決済対応

端末加盟登録には都市OSへの接続が必要であり、登録すれば全取引が記録される。これが非公式店舗にとってのジレンマだ。

店舗 端末の有無 実態
居酒屋「帰り旗」 あり(正規登録) 通常の飲食代はトカポ可。ただしツケの返済はトカポ不可——藤堂が明示的に円か現物での返済を求める
修理屋「なんでも直す」 あり(正規登録) 表向きの作業はトカポ可。自動運転の非公式修理など記録したくない案件は現物・円
非公式両替所 なし 両替取引の記録は致命的。現金・現物のみ
D区の路上直売 ほぼなし 客がトカポ不信層のため現物・円が基本
非公式宿泊 なし 客がウォレット未登録者のためトカポ不可

「帰り旗」のツケについて

藤堂がツケの返済をトカポで受け取らない理由は二層ある。

一つは防衛だ。「誰が誰のツケをいつ返したか」という送金記録が都市OSに残ることを彼女は嫌っている。ツケは困っている人間への信用供与であり、その人間関係が記録に残ることは、相手を守れなくなることを意味する。

もう一つは観察だ。人々が何を「本当の価値」として差し出すかを、藤堂は見ている。魚で返す人間、円で返す人間、野菜で返す人間——その選択が、その人間のトカポへの信頼度と生活の実態を正直に示す。カウンターで聞く話と同じくらい、ツケの返し方が藤堂のノートに書かれている。

円の流通と価値認識

流入ルート:みなみ丸で来る業者・視察者・研究者、帰島権を使う旧島民(リン・ジェイコブス等)、非公式入島者が持ち込む。非公式港湾労働の日当、非公式両替所の取引でも円が動く。

流出ルート:みなみ丸で出ていく人間が持ち出す分のみ。それ以外の円は島内に滞留し続ける。

住民層ごとの円の認識

住民層 円の認識
BI依存層 日常で使う機会がほぼない。「外の通貨」という感覚
長期住民 「いざという時のもの」として手元に置いている人がいる
D区住民 トカポより信頼している層がいる。レート下落を肌で知っているから
非公式住民 円が唯一使える通貨。命綱
第一世代 紙幣として見たことはあるが、使ったことがない子どもがいる

第一世代にとって円は「本土のもの」という抽象的な存在だ。水城透(19歳・島生まれ)が初めて本土で1万円札を使った場面——あるいはまだ使ったことがない、という事実——は、第一世代の本土疎外感を描く場面として機能する。

非公式両替所の「円の調達ルート」

島内で円が最も価値を持つ通貨でありながら、両替所はどこから円を継続的に調達しているのか。答えは神谷のネットワークだ。

みなみ丸の非公式港湾労働の日当(円)
 +
本土業者との闇取引で得た円(物資の代金・情報の対価)
 +
島を出る住民が「残していく円」
 ↓
神谷のネットワークに集まる
 ↓
非公式両替所に卸される
 ↓
両替所が「今日の円の在庫量」を把握してレートを設定する

両替所が毎日レートを提示できるのは、円の在庫量を知っているからだ。その在庫量を実質的に決めているのが神谷だということになる。円の在庫が薄い日はレートが上がり、厚い日は下がる——この変動幅を見れば、D区の非公式経済の動きが読める。

これは神谷が「D区の秩序の番頭」であるだけでなく、島全体の円流通量の管理者でもあるという権力の二重構造を生む。田端が神谷と「信頼でも取引でもない均衡」を保っている理由は、神谷が暴力でなく秩序で動くからだけではない。神谷が「円を握っている」という事実も、その均衡を支えている。神谷が円の供給を止めれば、両替所のレートは崩壊し、島を出たい人間の脱出手段が消える。

神谷がこの構造を意図して作ったのか、気づいたらそうなっていたのか——本人は答えない。


15. 本土からのトカミ評価

行政側の評価

公式見解と内部評価が完全に乖離している。

公式見解(対外発表)

内閣府の年次報告書の位置づけは一貫して「順調に実証継続中」だ。言葉だけが毎回変わる。数字はほとんど出てこない。

2029年報告書:「人口目標12,000人を達成。実証開始」
2035年報告書:「技術移転の前段階として実証データ蓄積中」
2038年報告書:「次世代型スマートシティの基盤研究として継続」
2041年報告書:「長期実証による社会変容プロセスの解析段階へ」

内部評価

担当省庁の実務レベルでは「失敗」という認識が2035年頃から共有されている。ただし文書化されていない。廊下での会話・退職後の飲み会・省内の非公式ネットワークの中だけで流通している言葉がある。

「あれはもう終わっている。ただ終わらせ方がない」

財務省は「コスト削減」という形で毎年圧力をかけているが、廃止を正面から要求する文書を出したことはない。廃止の責任を負いたくないからだ。担当官僚のキャリアパスに「トカミ担当」が明確にマイナスとして機能し始めたのは2036年頃から。

マスコミの評価

黄金期(2026〜2030年):熱狂的な肯定

「日本版スマートシティ」「未来の都市モデル」「規制のないサンドボックス」として大量に報道された。BI・AI司法・完全キャッシュレスという実験項目が「先進的な試み」として紹介された。

転換期(2031〜2035年):無関心への移行

大きなスキャンダルがなかったため「批判するネタもない」状態になり、報道量が激減した。特集記事は「あの実験都市、今どうなってる?」という懐かし系のトーンになった。

現在(2036〜2041年):散発的な批判と無関心の共存

「税金の無駄遣い」という批判記事が定期的に出るが、大きな反響を呼ばない。ただし以下のテーマは局地的に燃える。

テーマ 反応
第一世代の大学進学問題 教育系メディアが定期的に取り上げる。「国が作った実験に子どもが巻き込まれた」という切り口
トカポの信用不安 経済系メディアが「デジタル通貨の失敗例」として引用する
AI司法の「幽霊判決」 リーガル系・IT系メディアが技術的問題として報道。本質的な批判には至らない
定期船の減便 離島問題として地方紙が取り上げる。全国紙はほぼスルー

報道されていないこと:第三区画の研究内容、都市OSのデータ二次利用、トカポの決済手数料構造。情報が出てこないからだ。出てこない理由を追おうとした記者が一人いたが、「情報源が見つからない」として記事にならなかった。

一般市民の評価

「そういえばあったな」という存在。

年齢層 認識
40〜50代 「スマートシティの実験をやっているところ」。今どうなっているかは知らない。「まあ、お役所がやることだから」という諦念の中に埋没している
20〜30代 「トカミ? なんかあったよね」。SNSで話題になるのは第一世代の大学問題が炎上した時と、トカポが「デジタル通貨の失敗例」として引用される時くらい
10代 ほぼ知らない。学校で習うこともない

特殊な関心層

  • BI研究者・社会実験研究者:トカポの実証データと行動変容データに強い関心を持っているが、島側がデータを公開しないため外から見えない
  • リバタリアン・規制緩和論者:「規制のない実験都市」として理想化している。実態を知らない
  • 陰謀論者:「島で人体実験が行われている」等の話がオカルト系サイトで定期的に流通している。第三区画の存在と情報非公開が燃料になっている
  • 移住希望者(少数):年に数十人が問い合わせる。統括局の窓口が「現在新規入島者の受け入れは制限中」と答えるマニュアルを持っている

本土評価が物語に与える機能

行政 :「失敗とは言えない」構造が計画継続の政治的基盤
マスコミ:「大きな事件がない」ことが情報封鎖の最大の武器
一般市民:無関心が「外部からの救済」を不可能にする

この三者の「見ない・知らない・気にしない」が、島の現状を支える最大の外部要因になっている。


16. インフラの現状

消防・救急体制

設計思想と現実

開島時の設計書には「渡神島消防署(仮称):消防士12名・ポンプ車2台・救急車1台」という記載がある。この施設はA区の警察署に隣接する形で建設された。現在も建物は存在する。

問題は、中身だ。

渡神島消防署の現状

消防署の建物はA区に実在する。シャッターが二枚ある。左のシャッターの奥にポンプ車が1台、右のシャッターの奥に救急車が1台ある。どちらも動く。整備されている——沖田(修理屋「なんでも直す」)が年に数回呼ばれて手を入れているからだ。沖田への報酬はトカポではなく現物払いだ。

常勤の消防士は現在3名。設計定員12名に対して四分の一だ。

役職 人数 備考
消防署長(兼務) 1名 統括局総務課との兼務。実質デスクワーク
消防士・救急隊員 2名 24時間シフトを2名で回している

2名で24時間シフトを回すことは、原理的に不可能だ。実態は「日中は1名、夜間は当直1名、もう1名は官舎で待機」という運用になっている。待機中の消防士が島警察の当直と「なにかあったら連絡してくれ」という非公式の連携を持っており、緊急時は宮本が初動対応に加わることがある。これは制度にない取り決めだ。

火災リスクの実態

渡神島の火災リスクは、設計段階の想定を大きく超えている。

D区のコンテナ街が最大のリスクエリアだ。ディーゼル発電機の排熱・燃料の保管・コンテナ同士の密着・独自配線の無数の延長コード——消防法が本来禁じるすべての要素が揃っている。島警察も消防署も「D区のコンテナで火が出たら手がつけられない」という認識を持っているが、対処する方法がない。

神谷(番頭)は独自の「火の用心」ルールをD区内で徹底させている。コンテナ街には神谷の指定した「防火当番」が毎夜回り、発電機の周囲の片付けを確認する。これが実質的なD区の消防活動だ。消防署よりも神谷のルールの方が現場に近い——消防署長も田端もそれを知っており、何も言わない。

C区のクサイトコ(化学・素材実証エリア)については、万一火災が発生した際に消防署が対応できるかどうかが不明だ。化学物質への対応訓練は受けていない。保安局は「C区の案件は保安局」という棲み分けを主張するが、保安局に消防機能はない。「クサイトコで火が出た場合、誰が何をするか」は文書化されていない。消防署長が桐島に一度確認したことがある。「適切に対応します」という答えが返ってきた。それ以降、聞いていない。

救急搬送の実態

救急車は1台ある。島内搬送は対応できる。問題は「搬送先」だ。

中央医療センター(A区)への搬送は機能する。しかしD区からA区まで、最短ルートでも10〜15分かかる。夜間に救急要請があった場合、当直消防士1名が救急車を出す。助手がいないため、搬送中の処置は患者本人に頼るしかない。

B区のスマート集合住宅の認証エラー問題との関係:緊急時に建物に入れない場面が過去に発生している。「救急車が来たのにエントランスが開かない」という案件を、沖田が緊急呼び出しで対応したことが1件ある。以来、沖田の修理屋には「緊急時の手動解除コード一覧」が貼ってある。

消防訓練

年1回、統括局主導の消防訓練が実施されることになっている。最後に屋外での実地訓練が行われたのは2031年だ。現在の訓練の実態は「午前中に関係者だけが集まって書類を確認する会議」になっている。D区の住民は訓練の存在を知らない。

消防署の空気

シャッターが開いていることは稀だ。建物の前を通ると、中から発電機の低い音が聞こえることがある——ポンプ車のバッテリー維持のためだ。消防士の2名は官舎でほぼ待機状態の日々を過ごしている。1名は読書が趣味で、当直室に文庫本が積み上がっている。もう1名は釣りが好きで、非番の日はオジイと同じ岬に竿を出す。二人は口数が少ない。「何もない日が続くことが、いい日だ」という感覚が染み付いている。

「火事が起きたら、俺たちはたぶん間に合わない。間に合わないことを分かった上で、今日も待機している。それが仕事だ」——消防士の一人が、釣り場でオジイに言った言葉。オジイは何も言わなかった。

交通

  • 自動運転システムの一部ノードが老朽化。市街地の約30%でマニュアル介入が常態化
  • 旧型の中古バイクや改造車が「黙認」されて走っている
  • 渡神港に週1便の定期船。悪天候時は完全孤立

エネルギー

  • 洋上風力+海洋温度差発電+水素貯蔵の自立型設計
  • 水素プラントの稼働率68%。保守部品が本土調達困難
  • ピーク時に計画停電が発生。D区ではディーゼル発電機が乱立

台風の物理:「稼働停止」の意味

洋上風力は台風時、強制的に稼働を停止する。 これは故障ではない——ブレードの破損を防ぐための設計上の安全装置だ。台風の風を受け続ければブレードが折れる。折れれば数億円の損害になる。だからロックする。

問題は、ロックしている間の電力だ。

エネルギー源 台風時の状態 出力
洋上風力(6基) 強制停止(ブレードロック) ゼロ
海洋温度差発電 波浪の影響で出力が低下。約60〜70%で稼働 低出力
水素貯蔵プラント 稼働率68%のまま稼働。これが主力になる 中出力
D区ディーゼル発電機 各コンテナが独自稼働。連携なし 局所的

通常時の電力供給を100とすれば、台風ロック中は60前後まで落ちる。 島の設計人口12,000人向けのインフラが、6,800人を抱えた状態で60%の電力で動く——余裕があるように見えるが、老朽化したインフラは「理論値」通りには動かない。

木下という名の人間が、水素プラントを独自の代替部品で維持している。彼が台風の夜に何をやっているかを、C区以外の人間は誰も知らない。木下が倒れた場合、水素プラントの出力が予測不可能になる。

計画停電と「光の不平等」

夏のピーク時・台風中の電力低下時、B区とD区では計画停電が発生する。エリアごとにローテーションで電力が遮断され、真夏の亜熱帯の夜に空調なしの部屋が生まれる。換気扇も止まる。湿度と熱がこもる。

D区のコンテナ街では、ディーゼル発電機の音が雨の音と混ざる。燃料が尽きたコンテナから順番に暗くなっていく。燃料を分け合う会話が、暗闇の中で聞こえる。

C区だけが、煌々と光っている。

第三区画のフェンスの内側は、台風の夜に停電しない。研究施設には独立した電源系統と非常用発電設備がある——それは設計書に明記されている。島の住民の多くは設計書を読んでいないが、台風のたびに「あそこだけ光っている」 という事実を目撃する。

この光景を見た回数が、その人間がC区に対して持つ感情の強度と比例している。誰も公式に抗議しない。抗議する窓口がどこにあるかを、長く住む島民ほど知っているからだ——どこにもない。ただ誰も忘れない。

「台風の夜、ケンと二人でB区の非常口から外を見た。C区が光ってた。ケンが何も言わなかった。私も何も言わなかった。でも、あの光の意味は二人とも分かってた」——ユイの断片的なメモ

台風が明けた朝

台風が過ぎると、島は静かになる。帰り旗のカウンターには、昨夜からいた客が何人か眠っている。藤堂は夜通し開けていた。「閉めると誰かが困る」ではなく、「閉めたら自分が困る」からだ——一人でいると、数字を計算してしまう。食料の残量、燃料の残量、みなみ丸まであと何日、トカポで買えるものが何日分ある。

オジイは台風の夜にアサバンをしない。海が「聞いていない」と知っているから。台風が明けた朝だけ、岬に立つ時間が少し長い。

下水道・汚水処理

設計思想と現実

島の下水道は「合流式」で設計された。生活排水と雨水を同一の管路で集め、A区北端の汚水処理プラントで処理してから海洋放流するという設計だ。本土の先進的な処理技術を導入した「実証項目のひとつ」として予算が組まれた。

設計書には「処理能力:日量2,400トン(計画人口12,000人分)」と書いてある。現在の実人口は6,800人だ。容量には余裕があるはずだった。

汚水処理プラントの現状

A区北端、焼却炉の隣に位置する。外観は低層の無機質な建物で、常に微かな臭気がある。稼働率は約70%。木下が兼任で管理している——エネルギー管理施設・上水道プラントに続く三つ目の兼任だ。

処理能力の低下は二つの要因による。ひとつは微生物処理槽の劣化だ。活性汚泥法に使う微生物の培養条件を維持するための薬剤が、本土から安定供給されていない。木下が配合を調整して凌いでいるが、処理精度は設計値を下回っている。もうひとつは配管の老朽化だ。接続部からの漏洩が複数箇所で確認されており、完全な補修には至っていない。

放流水の水質検査は年2回実施されているが、検査項目が開島当初から更新されておらず、C区の実証施設群が稼働し始めた後の化学物質については検査対象に含まれていない。朝倉はこの事実を書類の確認中に発見したが、誰に報告すべきか判断できていない。

A区・B区の下水

正規の管路が整備されており、日常的には機能している。ただし合流式の構造上、台風による大雨の際に問題が発生する。降水量が処理能力を超えると、管路内で生活排水と雨水が混合した状態で溢れる。B区の一部区画では台風通過後に排水溝から逆流が起きることがあり、島民はこれを「台風の後のやつ」と呼んで所与の条件として受け入れている。

自生棟では住民が独自に増設した配管が本来の管路に無断接続されているケースがある。木下はこれを把握しているが、正規手続きで解決する方法がないため黙認している。「あの棟の前、なんか臭い日がある」という会話がB区で定期的に生まれる原因の一部だ。

D区の下水

公式の下水管路はD区に存在しない。コンテナ街の生活排水は各自の処理に委ねられている。

調理排水・洗い水はコンテナの外に垂れ流し、地面に染み込む。トイレは簡易トイレ(汲み取り式)を自前で設置しているコンテナが多い。汲み取りは番のネットワークが手配する非公式の業者が月1〜2回行っており、費用はトカポまたは現物払いだ。汲み取り汚泥はA区北端の汚水処理プラントに持ち込む——木下が「持ってきたものは受け入れる」という非公式の対応をしており、これが実質的な処理ルートになっている。

D区の地面には長年の生活排水が染み込んでおり、雨の後は独特の匂いが強くなる。コンテナ街の「匂いの三層構造」——ディーゼルの排気、腐敗した有機物、燃やす煙——の「腐敗した有機物」の一部は、この排水由来だ。

廃工区周辺は最も状況が悪い。大城のノートに「廃工区南側・排水・要確認」という記載が2039年にある。確認された記録はない。

C区の排水と南部林への流出

C区には研究施設ごとに独立した排水処理系統がある——はずだ。設計書にはそう書いてある。

クサイトコ(化学・素材実証エリア)の排水が所定の処理を経ているかどうかを確認できる立場の人間が、島にいない。南部林に面したC区南縁の地下配管から、処理不十分な排水が南部林の土壌に染み出している可能性を、朝倉は疑っている。開島時の環境アセスメントに付けられた「C区施設からの化学物質漏出が生態系に与える影響は不明」という注記は、地上からの漏洩だけでなく地下水経由の汚染も想定したものだったかもしれない。

南部林に入るシンが「地面がぬかるんでいる日」にも特定のルートを避けることを、ケンは地図の注記として記録している。雨が降っていないのに地面がぬかるんでいる日がある、ということだ。

木下という一点集中のリスク

エネルギー・上水道・下水道という島の三つの生命線が、木下一人に依存している。

木下が一週間倒れれば、まず上水道の水圧が下がる。二週間で汚水処理プラントの微生物処理が不安定になる。一ヶ月でエネルギー管理施設の稼働率が予測不能になる。

桐島は「木下の後継者育成」という項目を毎年の業務計画に書いている。毎年、実行されないまま翌年に繰り越される。理由は「後継者が来ても、木下が15年かけて蓄積した知識を移転する方法がない」からだ。

「俺がいなくなったら三週間でこの島の水が止まる。それだけだ。怖くはない。ただ、そうなる」——木下が、夜の作業場で一人でいる時だけ考えること。誰にも言わない。

通信

  • 独自メッシュネットワーク+低軌道衛星通信の二重化設計
  • メッシュのノード機器が壊れると修理できない区画が発生
  • 「電波の通る場所」と「通らない場所」の格差が治安の空白とも重なっている

携帯電話・インターネットの実態

構造の概要

島民のスマートフォン・端末
 ↓
島内メッシュネットワーク(島独自の基盤)
 ↓
低軌道衛星通信(出口回線)← ここを都市OS管理業者が握っている
 ↓
インターネット・本土

本土キャリアの電波は物理的に届かない。島内の通信は全て独自メッシュを経由するため、住民は実質的に「島のネットワークしか使えない」状態にある。ただしそのことは明示されておらず、「離島だから繋がりにくい」という認識に収まっている。

「繋がっている」という感覚の内実

インターネットは使える。本土との通話・メッセージ・SNSも問題なく動く。帯域の細さと衛星通信の不安定さ(台風期は特に顕著)による「重さ」はあるが、「繋がらない」とは感じない。

しかし島内から外部インターネットへの出口回線は、都市OS管理業者が運営する衛星通信サービスを経由している。入島同意書・トカポ登録の細則に「通信サービスの利用に関するデータの取得・利用」が含まれており、住民は技術的な意味で「同意している」。読んだ人間はほぼいない。

誰が何を見ているか

主体 アクセスできる情報 実態
黒瀬(保安局) 島内メッシュを流れる通信の全ログ 「見ている」と本人が明言している
都市OS管理業者 衛星出口を経由する全トラフィック 契約上は「匿名化処理済み」だが実態不明
朝倉(統括局) 都市OSの表層ログ 深夜プロセスの正体を追いかけている

黒瀬が把握できるのは「島内の通信」であり、都市OS管理業者が出口で何をしているかは黒瀬にも見えない可能性がある。つまり「全部見ている」人間は、この島に一人もいないかもしれない。

物語上の機能

  • ユイが本土の同世代と「話題が噛み合わなくなってきた」のは、情報遮断ではなく情報量の非対称の静かな積み重なりによるもの。インターネットは使えるのに、島の日常が本土の感覚と少しずつずれていく。
  • 「繋がっている」と思いながら全ログが流れている場所がある——誰もそれを証明できないし、確かめる手段もない。
  • 台風期の衛星不安定による「本土との完全遮断」は、物理的孤立と情報的孤立が重なる数少ない瞬間として機能する。

上水道(真水の確保)

設備の概要

亜熱帯の孤島で6,800人分の真水を確保するため、C区北端に海水淡水化プラントが設置されている。海水を引き込むパイプラインは地下に埋設されている。南嶋岳からの湧水・雨水貯留タンクも補助的に機能しているが、主力はこのプラントだ。エネルギー管理施設と同じ敷地の端に位置しており、木下が事実上両方を兼任して管理している。

現在の状態

逆浸透膜(RO膜)フィルターの交換部品が本土から届きにくくなっており、処理能力が設計値の約75%まで低下している。通常の使用量であれば足りているが、台風後の需要増加時や夏のピーク時には「水圧が下がる」「出が細い」という現象が各棟で発生する。

RO膜の劣化により、水質にも影響が出始めている。水質基準はギリギリ満たしている(医療センターが年1回検査)が、一部の棟でシャワーから薄茶色の水が出ることがある。「煮沸すれば飲める」という非公式の了解がB区に定着している。D区のコンテナ街は配水管が末端のため水圧が低く、朝の時間帯は水がほとんど出ない区画がある。

自生棟やD区の住民の一部は、屋上に独自の雨水貯留タンクを設置して補っている。D区のディーゼル発電機と同様、「正規ルートでは来ないものを自力で確保する」という文化の延長だ。

「木下が倒れたら」の意味

木下が一人で支えているのはエネルギー管理施設だけではない。上水道の維持も木下に依存している。エネルギーと水という二つの生命線が同一人物に依存していることが、島のインフラ最大のリスクだ。この事実は島の全員に漠然と知られているが、誰も言語化しない。言語化すると対処しなければならなくなるからだ。

ゴミ処理

正規ルート

A区とB区の正規住宅棟には収集システムがあり、週2回の収集日に指定の集積所に出す。収集されたゴミはA区北端の小型焼却炉で処理される。焼却炉は2028年に設置されたもので、現在は処理能力が設計の60%程度まで落ちている。ダイオキシン等の排気フィルターの交換も滞っており、風向きによって北部台地に焦げた匂いが流れることがある。島警察に苦情が来るが、対応できる組織がない。

収集車の自動運転システムが老朽化しており、D区への収集ルートは事実上停止している。

農業実証施設の廃棄野菜(全収穫量の約40%)は「廃棄物処理費用」として国費処理されているが、焼却炉の容量オーバーのため一部がC区南縁の空き地に野積みされている。腐敗した野菜の山は南部林の入口付近に近く、ケンが南部に向かう道すがらその脇を通ることがある。収集しきれない分の一部が施設裏手に堆積し、そこから「帰り旗」や番のネットワークへの横流しが発生している構造とも重なっている。

D区のゴミ

正規の収集システムはD区に来ない。コンテナ街の住民は各自が処理するか、焼却炉に持ち込むか、あるいは放置する。コンテナの隙間に積み上がった廃棄物の山が複数あり、それがD区の「匂い」の一因になっている。ディーゼルの排気と、腐敗した有機物と、たまに燃やす煙。D区に初めて来た人間が感じる匂いはこの三層の混合だ。

廃工区の周辺は最もゴミが多い。「誰のものでもない空間」には、最終的にゴミが集まる。島警察は「管轄外」として対応せず、統括局は「番に伝えた」と記録している。番は処理する手段がない。

死のインフラ

15年間で、この島では確実に死者が出ている。初期入島者の高齢化、医療の限界、孤立した環境——この条件が重なれば、死はこの島でも起きてきた。しかし「この島で死ぬとはどういうことか」は、設計されていなかった問いだった。

遺体の扱い——本土への搬送

原則として、死亡した住民の遺体はみなみ丸で本土(または父島経由)に搬送し、遺族のもとに返すことになっている。しかし手続きは煩雑で費用もかかる。防腐処置・輸送容器・みなみ丸の輸送費・父島での手続き費用が発生し、費用は遺族負担が原則だが、遺族が島外にいない場合や費用が払えない場合の規定は「検討中」のまま整備されていない。

台風期は船が止まるため、遺体を島内で保管する期間が発生することがある。中央医療センターの霊安室(2室)がその用途に使われるが、冷蔵保管能力は2体が限界だ。

島内の火葬と墓地

A区の北外れに小型の火葬炉が設置されている。設計定員外の施設として予算書に記載されていない。管理は統括局総務課が名目上担当しているが、実際の運営は宮本が「誰も担当しないので」という理由で引き受けるようになった。

非公式住民・住民台帳にない人間が亡くなった場合、死亡診断書を誰が書くのかという問題が発生する。大城のノートに「身元不明・島内処置」という記載が過去に3件ある。

墓地の問題

旧島民の墓地は北浦集落跡に保全されている。オジイが管理しており、歴代島民の墓石が並ぶ。

新住民の墓地は設計図に存在しない。遺骨を本土に送り返せた者は本土の墓に入る。送り返せなかった者の遺骨は、現状では「統括局の倉庫に保管」という状態のものが複数ある。正式な納骨先が決まっていないまま、棚の上の壺が増えている。

現在、B区北端の渡来神社の裏手に、粗末な墓標がいくつか並んでいる。旧島民の墓地とは別の、新住民の「墓」だ。誰が最初に置いたのかわからない。今は大城がその数を把握している。オジイはその場所を知っているが、近づかない。近づかないことで、何かを保っている。

桐島はこの問題を知っている。解決策を考えるたびに「島を閉じる時に一括して処置する」という結論に戻ってしまうことも、知っている。

「カラスの日」の射程

旧島民の死者だけを悼む日だったカラスの日に、近年変化が生まれている。オジイが北浦の浜で海を見る時、その視線の先には旧島民だけでなく「この島で死んだ全ての者」が含まれ始めているかもしれない。オジイ自身はそれを口にしない。ただ、第一世代の若者が毎年その日に少しずつ増えている。


17. スマートホーム機能

設計思想

住居は「都市OSの末端ノード」として設計された。住民の生活データを取得し、島全体の最適化に活用するのが本来の目的。住民の快適さは副産物だった。

各機能の現状

① 入退室管理

  • トカポウォレットをかざして解錠
  • 読み取りエラーが頻発し「三回かざしてようやく開く」状態が日常化
  • 自生棟では物理的な南京錠が後付けされている

② 照明制御

  • 人感センサーの経年劣化で「過敏」と「鈍感」が混在
  • 本を読んでいる最中に「人がいない」と誤検知されて消灯する
  • 深夜に廊下が煌々と明るい棟はセンサーが鈍くなった棟

③ 空調・換気制御

  • フィルター交換部品が本土から届かず効率が著しく低下
  • 自生棟の住民が持ち込んだポータブルエアコンがグリッドの負荷を上げ、計画停電頻度が増える悪循環
  • 深夜に突然換気ファンが全力で回り始める誤作動が頻発

④ 給排水

  • シャワーを長時間浴びると「水漏れ」と誤検知されて突然水が止まる
  • これを手動リセットする操作が、島の新入りが最初に覚える「島のスキル」

⑤ センサー群(設計の本音)

センサー 計測対象
人感センサー(赤外線) 室内での人の動き・在室確認
マイクロ波センサー 呼吸・心拍の検知(非接触バイタル)
音響センサー 室内の音量・パターン
環境センサー 温度・湿度・CO2・VOC
振動センサー ドア・窓の開閉、転倒検知

これらのデータは今も都市OSに送り続けられている。一部の住民はセンサーにテープを貼ったり布を被せたりして物理的に潰している。

⑥ 都市OSとの連動

朝倉が発見した異変:深夜に都市OSの深部で定期的に動くプロセスが、センサーデータ・決済履歴・医療データを横断的に処理している。このプロセスが何をしているか、現在誰も答えを持っていない。


18. 食料事情

三層の食

第一層:計画された食料供給

  • 食料の約65%はみなみ丸で運ばれてくる
  • 「みなみ丸の翌日」と「みなみ丸の前日」で食卓が全く違う
  • 台風シーズン(8〜10月)は「台風前のナンジィスーパー」に開店前から列ができる
  • 農業実証施設の生産物の約40%が「廃棄処分」される(理由は後述)。残りは非公式に「帰り旗」や番のネットワークへ横流し(行政は黙認)

農業実証施設の廃棄40%の理由(三層構造)

一次的な理由(技術的問題):完全自動化システムが本土市場向けの出荷規格で設計されており、規格外品を自動判定で廃棄ラインに流す。収穫センサーの経年劣化により収穫適期の判定も外れ始めている。管理端末の操作権限が本土の担当企業にあるため、島側では変更できない。

二次的な理由(計画の失敗):冷蔵保存設備の容量が計画人口12,000人を前提に設計されており、現在の6,800人では消費しきれない。収穫ピーク時に保存容量を超えた分が物理的に行き場を失う。

構造的な理由(利権構造):農業実証の評価指標が「生産量」であり「消費量」ではない。担当企業は廃棄を出してでも稼働率を高く保つことで補助金継続条件を満たす。廃棄コストは「実証事業の必要経費」として国費処理される。捨てることにも、金がかかる。その金も国費だ。

第二層:島に根付いた食

  • オジイが週3〜4回漁に出る。獲った魚を金を受け取らずに「帰り旗」へ
  • リン・ジェイコブスが島滞在中にオジイと並んで釣りをする
  • 宮本巡査が非番に釣りをするようになった。学習センターの子どもたちへ持っていく
  • D区の元漁師2名がいる。獲った魚はD区内で消費され統計に載らない

亜熱帯の豊かな漁場:カツオ・マグロ・シイラ・ムロアジ・グルクンなどが獲れる。

計画外の食料源:ヤギ約30頭(半野生化)、ベランダのニワトリ、パパイヤ・ハンダマ・モズク・ドラゴンフルーツなどの自生植物。

第三層:闇の食料経済

トカポのレート下落により、BI依存層の実質購買力が下がり続けている。食事の回数を減らす住民が出始めている(大城のノートに記録)。D区では食料の「現物経済」が発達。番が「今日のD区の相場」を事実上決めており、この相場がトカポの実質的な信頼度の指標になっている。

「帰り旗」の役割

正規食材に加え、オジイの魚・農業施設の横流し野菜・ニワトリの卵・ハンダマ・海藻類を受け入れて定食として出す。島で最も栄養バランスが取れた食事という評価がある。


19. 住まい事情

基本原則:「所有できない島」

島内の土地と建物はすべて「国有財産の実証利用」という位置づけで、住民は購入も登記もできない。居住利用契約は年次更新だが、事実上の自動更新状態になっている。

A区 官舎・職員宿舎

  • 統括局職員宿舎(4階建て・32室):実入居15名。空室の照明が自動でオンオフを繰り返す「幽霊部屋」がある
  • 島警察・保安局宿舎(2階建て・18室)

B区 スマート集合住宅

  • 正規稼働棟:「いつか出ていく」感覚の住民。荷物が少なく壁に何も貼っていない
  • 自生棟:壁を改造し棚を作り植木鉢を置く。「ここしかないから根を張った」層
  • 北浦集落跡:オジイの旧家。木造平屋建て。築70年以上。IoT機器は一切ない

C区 研究者宿舎

  • フェンスで囲まれた立入制限エリア。現在22名。食事は宿舎内で完結

D区 コンテナ居住区

  • 神谷龍一:2段積み上段の改造コンテナ。屋根の上が「空を見る場所」
  • 藤堂恵:半分が住居、半分が食材保管庫。誰にも見せない「ノート」がある

廃工区:存在を誰も公式に認めていないエリア。草に飲み込まれつつある仮設小屋に推定4〜7名が住む


20. 住民の構成

全体概要

属性 人口 特徴
初期入島者 約1,200人 開設当初からの住民。本土の常識と乖離してきた高齢者が多い
戻れない一般住民 約2,200人 本土に家も仕事もなくなった層。BIに依存。政治的に無力
技術者・研究者 約700人 まだ実験に価値を見出している層。一部はグレーな研究をしている
利権関係者 約400人 建設・物流・エネルギー関連業者。島が続く限り旨味がある
好き者・逃げ込み組 約1,100人 規制緩和を目当てに来た層、本土で何かあった人。流動性が高い
行政・保安関係者 約600人 三層組織の人員と家族(詳細別表)
第一世代(子ども・若者) 約600人 トカミ生まれ・育ち。本土を知らない世代

「第一世代」という言葉の二層構造

狭義(公式・正確な定義):島で生まれ、あるいは物心がつく前に入島し、本土の生活感覚を実質的に持たない世代。住民台帳上の「第一世代」はこの定義による。ケン(渡神島生まれ)や水城透(建設フェーズ生まれ)がその典型。

広義(島民の間での俗称):成長期の重要な時間を島で過ごし、「本土よりここが地元」という感覚を持つ10〜20代を緩く指す言葉。ユイ(14歳・本土生まれだが幼少期から在島9年以上)はこの意味で「第一世代(島育ち・本土生まれ)」と呼ばれることがある。

注意が必要なケース:ルイ(16歳)は2039年(2年前)に来島したばかりで、どちらの定義にも厳密にはあてはまらない。「第一世代寄り」という表記はあくまで「その感覚や立場に近い」という意味であり、祖父が旧島民のオジイであるという特殊な血筋から、島民の間では独自の位置づけをされている。

| 合計 | 約6,800人 | |

行政・保安関係者 組織別内訳

組織 職員数 家族同伴等 小計 備考
渡神島実証統括局 15名 約35名 約50名 単身赴任が多い
渡神島保安局 8名 約12名 約20名 家族同伴を制限している節がある
渡神島警察署 17名 約50名 約67名 長期在住で家族ごと根を張っている層が多い
特別自治議会事務局 8名 約15名 約23名 議員12名は別属性にカウント
中央医療センター 20名 約40名 約60名 医師・看護師・検査技師・事務職等
学習センター 12名 約25名 約37名 有志の非公式授業担当者を含む
渡神港・港湾管理 3名 約5名 約8名 大幅に縮小された
農業・漁業実証管理 15名 約20名 約35名 担当企業の出向者が多い
自動運転・インフラ管理 18名 約25名 約43名 都市OS棟・エネルギー管理施設を含む
省庁派遣・期限付き出向 35名 約50名 約85名 各省庁からの短期派遣。入れ替わりが激しい
第三区画関連(公式部分) 22名 約150名 約172名 フェンス内の研究者宿舎に居住。家族の扱いが曖昧
合計 約173名 約427名 約600名

第一世代の「脱出コスト」

島を出るためには円が必要だ。トカポは本土で使えない。BIは島内でしか機能しない。

費用の試算

項目 概算
みなみ丸・片道運賃(渡神→父島) 約3〜4万円
父島から本土(東京)への航空運賃 約5〜6万円
本土での最初の生活費(敷金・当面の食費等) 約30〜50万円
合計 約40〜60万円

島で暮らしながらこの金額を円で貯めるルートは、正規経済にはほぼ存在しない。BI給付はトカポで入り、島内でしか使えない。正規の就労収入も基本はトカポ建てだ。

円を稼ぐ手段

第一世代が円を手にしようとすると、非正規経済に接触するしかない。

  • みなみ丸入港日の非公式港湾労働(日当:現金2,000〜5,000円程度)
  • 番のネットワークの末端仕事(荷物運び・見張り・情報収集)
  • D区の路上直売での現物売買→円への換算
  • 神谷経由の両替所への橋渡し仕事

この「脱出資金を稼ぐための非正規経済への接触」が、第一世代の若者を島の裏側へと引き込む構造的な力だ。

三つの分岐

タイプ 行動 代表例
出ようとしている者 非正規労働で円を貯めている。誰にも言わない (水城透は議員という立場から出にくい)
出ることを諦めた者 「ここで生きる」と決めた。BIと島の経済に根を下ろす 一部の自生棟の第一世代
出ることを考えていない者 本土が「外国」のように感じる。島が全てだ ケン(今は)、一部の学習センター育ちの若者

ユイの「本土の子たちって、木の名前知らないんだよね」という台詞は、本土へのやや強がった眼差しだ。しかし彼女が密かに本土のファッションを真似て微妙にズレている事実と、南部林の植生ノートを持っている事実を並べると——出たいのか、残りたいのか、彼女自身が決めかねていることが見える。


21. 非公式住民

前提:入島管理の「建前と現実」

【建前】
渡神港の入島管理ゲートを通過し、
AIによる生体認証+トカポウォレット登録が必須。

【現実】
南部断崖からの非公式上陸ルートが存在する。
港湾管理人員が12名→3名に縮小された現在、
夜間の港監視にも空白がある。
島は実質的に「鍵のかかっていない場所」になっている。

非公式流入の経路

経路① 南部断崖ルート

旧島民が漁師道として使っていた上陸可能なポイントが複数ある。小型船があれば夜間に接近し崖を登って入島できる。この経路を知っているのはオジイ・シン・ケン(地図に「推定」として記載)。保安局と島警察は存在を把握しているが、監視する人員がいない。

経路② みなみ丸への潜伏

貨物コンテナに紛れての入島。週1便という頻度と港湾管理の人員削減が組み合わさって、貨物検査が形骸化している。神谷が「荷物の中身」について詳しいのはこの経路を把握しているからだ。

経路③ 正規入島者の「居残り」

観光・視察・短期就労の名目で正規入島し、そのまま居残る。トカポウォレットの登録はしているが退島記録がない状態。都市OSは在島を検知しているが、誰も照合していない。

経路④ 出生

第一世代が成長し、島内で子どもが生まれる。出生届を本土の市区町村に出す手続きが複雑で放置されているケースがある。大城のノートにだけ記録されている子どもが数名いる。

非公式住民の類型

類型A 経済的難民

本土で行き詰まった人間がトカミに流れ着く。トカポウォレットを持たないため公式の経済活動ができないが、D区の現物経済に紛れて生きることができる。番の神谷がこの層を最もよく把握している。「使える人間」は番のネットワークに組み込まれ、「使えない人間」は廃工区に流れる。

類型B 本土で「消えた」人間

借金・犯罪・人間関係——何らかの理由で本土での存在を消したい人間。トカミは「追跡が困難な場所」として認知されている。黒瀬(保安局)がこの層を最も警戒している。本土の捜査機関から「そちらに逃げていないか」という照会が年に数件来る。黒瀬の回答は常に「確認できません」だ。

類型C 第三区画関連の非公式滞在者

第三区画の研究に関わる人間の中に、正式な入島記録を持たない者がいる可能性がある。フェンスの内側に入ってしまえば、島警察も統括局も把握できない。

類型D 子どもたち

シンがその典型だ。「いつ来たのかわからない」「保護者の記録がない」——こういう子どもが、大城のノートには複数記録されている。

なぜ黙認されるか

組織 黙認の理由
統括局(桐島) 人口6,800人という数字を維持したい。非公式流入者を排除すると数字が下がり、報告書が書きにくくなる
島警察(田端) 非公式住民を全員把握するには人員が足りない。大城のノートが「非公式の住民台帳」として機能している
番(神谷) 非公式住民はD区の労働力・経済の担い手でもある。「いる人間は全員、ここにいる理由がある」という論理

非公式住民の推定規模

大城のノートの記録:推定50〜80名
実際の非公式滞在者:推定100〜150名
 (D区コンテナ街に紛れているため把握困難)

公式人口6,800人 + 非公式100〜150名
= 島の実態人口は約6,900〜7,000人

この「100〜150名の誤差」を、誰も公式に認めていない。

22. 第一世代の言語と「円という物体」

閉鎖系が生んだ言葉

15年間、閉じた環境でAIのバグと大人たちの諦念と台風の停電の中で育った子どもたちは、独自の言語感覚を持っている。これは方言でも隠語でもない。世界の見え方が本土と少し違う人間が、その見え方に合わせて作った言葉だ。


「トカポる」(動詞)

本来の意味:渡神ポイント(トカポ)のシステムがエラーを起こすこと。

派生した意味:理不尽にバグること、機能すべきものが機能しないこと、信用できると思っていたものが当てにならなかったこと。

用例:

  • 「学習センターの端末またトカポってる」(=端末がフリーズしている)
  • 「田端さんのパトカー、完全にトカポってる」(=故障したまま放置されている)
  • 「あの大人、話が全部トカポる」(=言ったことを守らない)

この言葉の特徴は、「機械」にも「制度」にも「人間」にも使えることだ。壊れているものと、信頼できないものを、第一世代は同じカテゴリとして扱っている。それが彼らの世界の見え方を示している。


「オモテ向き」(名詞・形容詞)

A区のことを指す地名として使い始め、「見せかけだけのもの」という意味に拡張した。

用例:

  • 「あれオモテ向きじゃん」(=本音が違うということ、実態がないということ)
  • 「オモテ向きの答え出してきた」(=本当のことを言っていない)

水城(19歳)が議会で使って議員たちが黙った場面がある。


「みなみ丸前」「みなみ丸後」

時間の感覚が、定期船を軸に形成されている。「いつ」を表す表現として、本土の曜日感覚よりもみなみ丸のサイクルが優先される。

  • 「みなみ丸前に返す」(=今週中に)
  • 「みなみ丸後に話そう」(=来週入港してから)
  • 「みなみ丸ないと思って」(=台風期。何も期待するな)

本土から来た大人と会話が噛み合わない場面として、この時間感覚の差が頻出する。宮本も赴任初期に何度か混乱した。


「ガタ」

システムや建物や組織の機能不全を指す。本来は音の擬音語だが、第一世代にとっては「この島の状態」そのものを一言で表す言葉として定着した。

  • 「またガタってる」(=また何かが壊れた・機能しなくなった)
  • 「ガタがきてる人」(=限界に近い大人のこと。沖原先生、など)
  • 「島のガタ」(=この場所の構造的な問題。第一世代が使う時、諦念と愛着が混ざっている)

第一世代の言葉が「外に出た時」に起きること

ケン(15歳)が学習センターで本土出身の有志講師に「またトカポってる」と言った時、講師は意味が分からなかった。ケンは「えっ、通じない?」と驚いた。

通じないことを、ケンは初めて意識した。自分の言葉が「ここでしか通じない」という事実は、「ここでしか生きてきていない」という事実の別の顔だ。それに気づいた時の感触を、ケンはまだ名前をつけていない。


円という物体

島内にはみなみ丸経由でしか「円(紙幣)」が流入しない。

正規住民はトカポで生活するため、円を「使う場面」がほとんどない。入港日の港湾労働の日当として渡され、非公式両替所に持ち込まれ、D区の現物取引で使われ、また誰かの手に渡る。

その間に、円は傷つく。

D区で流通している千円札は、何十人もの手を渡り歩いてきたものだ。折り目が多重になり、端が毛羽立ち、破れた箇所にセロハンテープが貼られ、薄汚れて、しかし確かに——紙幣の形をしている。これが本物の円だと知らなければ、プリントされた使用済みチラシと見間違えるかもしれない。

第一世代が円を「手に持つ」のは、人生で数えるほどしかない。


ルイの千円札

ルイ(16歳)が本土の中学を辞めて島に来た時、財布に千円札が2枚あった。

島に来てから2年、その千円札はポケットの奥のファスナー付き小袋に入っている。使わないのは出番がないからではない——使ったら「本土に帰れる気持ち」が消えるような気がするからだ。本人はそれを言語化していない。

ルイが船代を払う日が来たとして、その千円札は本土で「使えるか」という問いは、技術的には「使える」だ。ただし窓口の担当者がそれを受け取るかどうかは——テープで補修された、島で数十人の手を渡り歩いた紙幣を。

「本土の子たちって、普通の千円札持ってるんだよな」——ケンが誰かに言った(誰に言ったかは、記録にない)


水城の「紙幣の演説」

議会で水城(19歳)が一度だけ、こんなことを言った。

「本土の人が島に来た時、みんなきれいな紙幣を財布に入れてる。オレたちがみなみ丸に乗る時、セロハンで補修した千円札しか持っていない。それが、本土と渡神島の間にある距離の正体です」

五十嵐(62歳)が「何が言いたいんだ」と言った。水城は「以上です」と座った。

藤堂がその夜のことを、ノートに書いた。「パターンが崩れてきてる」という一文の下に。


23. マスメディアと情報環境

概観:「情報」も島に渡ってくる

この島に情報が届く経路は、物資と同じ構造をしている。 みなみ丸が来れば届く。台風期には途切れる。 そして届いても、「必要な人に届く」かどうかは別問題だ。


本土メディアへのアクセス

テレビ・動画配信

島のスマートホームには当初から大型ディスプレイが設備として組み込まれていた。設計書には「島内光ファイバー網+衛星バックアップ回線により、本土と同水準の情報環境を提供する」と書いてある。

現実はこうだ。

区画 状況
A区官舎・職員宿舎 光回線が生きている。地上波・NHKオンデマンド・民間配信サービスが視聴可能。ただし夜間の同時接続が集中すると帯域が詰まる
B区住宅 回線品質にムラがある。雨の日や台風接近時は配信が途切れる
C区 独自の高速回線が維持されている(統括局契約)。外部には開放されていない
D区・廃工区 公式な回線契約が存在しない世帯が大半。「タコ足」接続が普及

第一世代にとってのテレビ:A区育ちの子どもたちはストリーミングが「普通」だが、D区やB区はそうではない。ケン(15歳)は「うちのテレビ、天気悪いと映らない」を所与の条件として生きてきた。雨の日にドラマの続きが見られないことを「トカポった」と呼ぶ。

ユイ(14歳)が本土の同年代とSNSで「昨日のドラマ」の話をしようとして会話が成立しないのは、コンテンツの差以前に「そもそも同じ日に見られていない」という事実もある。


ラジオ

意外にも、ラジオが一番安定している。

島の開設初期、衛星ラジオのチューナーが全住戸に設置された。機器は単純で壊れにくく、衛星経由のため回線品質に依存しない。今でもNHKラジオ第一・第二が安定受信できる。

D区の住民が「一番ちゃんと本土の情報が入ってくるのはラジオだ」と言うのはこのためだ。コンテナ街の夜、どこかから流れてくるラジオの音は、この島の音風景の一部になっている。

神谷龍一(番頭)は、毎朝5時にラジオの経済ニュースを聞く習慣がある。本土の金利・物価・政局が、島に入ってくる物資の量と種類に直結するからだ。情報を商品として扱う彼にとって、ラジオは業務ツールだ。

オジイ(仲宗根勇・75歳)は聞かない。アサバンの時間と重なるからだ。本土の声よりも、岬から呼びかける自分の声の方が、この島には合っている。


島内放送——「TOKAMI-FM」の現在

設立から休眠まで

設計書には「島内コミュニティ放送局(TOKAMI-FM)を設置し、生活情報・緊急避難情報・実証成果の広報を行う」と記載されている。

時期 状況
2028年 試験放送開始。専任スタッフ4名。一日3時間の生放送
2031年 予算削減により専任スタッフ1名に。放送時間は朝の30分のみ
2035年 専任スタッフが本土帰還。トウカツ総務課職員が「兼務」に
2039年 週3回・各15分に縮小。緊急放送機能のみ維持が「目標」となる
現在(2041年) 事実上の休眠状態

現在の「放送」

TOKAMI-FMの周波数(87.3MHz)は今も生きている。流れているのは以下のいずれかだ。

  1. 緊急情報:台風接近・医療搬送・みなみ丸の遅延・インフラ障害。この時だけ、トウカツ総務課の職員が手動でマイクに向かう。
  2. 自動放送:島内の気象情報と「今日のトカポ決済システム稼働状況」が機械音声で流れる。
  3. 沈黙:それ以外の時間帯。

放送ブースはA区庁舎の1階にある。防音ガラスの向こうに古いマイクスタンドと調整卓が見える。受付を通ればガラス越しに覗けるが、人がいることは稀だ。

トウカツ総務課の担当者(29歳・赴任1年目)は月に一度「放送マニュアル」を読み直すことにしている。読み直すたびに「これ、本当に自分がやることになってるのか」と思う。

第一世代にとっての島内放送

ケン(15歳)は「あの放送、台風の時しか聞いたことない」と言う。

実際、ほとんどの住民にとってTOKAMI-FMの存在意義は「台風接近時の避難情報源」に集約されている。台風期の8〜10月だけ、島民はラジオを引き出しから出す。

「台風来ると、急にラジオが喋り出す。あれ、ちょっと怖い」——ユイ


島内の「新聞」

トカミ日報

2026年創刊・2037年休刊。

週2回発行のデジタル新聞。住民端末に自動配信される形式だった。編集は統括局の広報担当が兼務。内容は「実証成果の発表・各区の行事案内・本土ニュースの要約」が中心で、批判的な報道は一件も掲載されなかった。

休刊理由は「担当者の本土帰還による人員不足のため」とされているが、実際は人口減少に伴い閲覧数が激減したことと、「批判的な記事を書く者が現れた場合の対処方法がない」という構造的問題を誰も解決しなかったことの両方だ。

バックナンバーは統括局サーバーに残っているが、閲覧できる端末が限られている。朝倉(データ管理担当)はアーカイブにアクセスできる。2029〜2031年の記事と、2034年以降の記事の「トーンの変化」に気づいている。誰にも言っていない。

非公式の情報流通——「帰り旗」のカウンター

藤堂明美(帰り旗のママ)の店は、島のニュースが一番早く集まる場所だ。統計には表れない非公式な「島内メディア」として機能している。

情報の種類 経路
みなみ丸の荷物の中身 港湾労働者からカウンターへ
各区の住民トラブル 地域係・大城から(意図せず)
統括局内部の空気 朝倉からの断片的な話
本土での島の評判 視察者・研究者の会話から
第三区画の動き 「入ってきた時の表情」から

藤堂はこれをノートに書き続けている。「パターンが崩れてきてる」という判断は、このノートの積み重ねから来ている。彼女が「島で一番ニュースを知っている人間」であり、かつ「それを誰にも発信しない人間」であることは、島の情報生態系の歪みを示している。


本土メディアの「渡神島報道」

本土から見た島

年に2〜3回、全国紙や経済誌が渡神島を取り上げる。パターンは決まっている。

前向きな記事(主に2031年まで):「スマートシティの実験、着実に成果」「ベーシックインカムで変わる働き方」「テクノロジーと自然が共存する島の試み」

懐疑的な記事(2034年以降):「失速するスマートアイランド」「トカミ、人口減少が止まらない理由」「実験都市の現実——光と影」

どちらの記事も、記者が滞在するのはA区だけだ。港から統括局庁舎、中央医療センター、B区の整備されたエリア——3日ほど取材して帰る。D区には入らない。オジイには会わない。第一世代と話しても「生き生きしている子どもたち」か「格差を証言する子どもたち」のどちらかのフレームで描かれる。

島民の「本土報道」への感覚

宮本(刑事係)はかつて、本土紙の「渡神島特集」を島で読んだことがある。「どこの話だ」という感覚があった、と大城に言ったことがある。

水城(19歳・議員)は本土メディアに一度だけ取材を受けた。「テクノロジーに囲まれて育った第一世代の若者」というフレームで記事が書かれた。「渡神島で生まれ、未来都市を『当たり前』として育った彼らは——」という書き出しがあった。

「当たり前って書いてある。システムがガタってるのも、みなみ丸待ちで時間を数えるのも、全部『当たり前』ってことなのかな。そうじゃないけど、まあいい」——水城が藤堂の店でそのページを閉じた時の言葉


台風期の「情報断絶」

8〜10月、みなみ丸が止まる18〜22日間は、島の情報環境も変化する。台風本体が接近する時は衛星回線が不安定になり、ストリーミングが止まる。ラジオだけが残る。

この時期、島では奇妙な静けさが生まれる。本土のニュースが途切れる。台風の中継映像も、政局も、芸能スキャンダルも、株価も——全部、ラジオのノイズの向こうに消える。

D区の住民の一部は「台風期の方が落ち着く」と言う。本土の時間軸から完全に切り離される感覚が、ある種の解放に似ているからかもしれない。第一世代の子どもたちにとっては、「いつもの状態」だ。


小景:ある夜のD区

コンテナ街の一角、誰かの部屋から小さな音が漏れている。

本土のラジオの深夜番組だ。パーソナリティが笑いながら喋っている。島から遠く離れた場所の話題——地名、店の名前、電車の路線名——が次々と流れてくる。聞いている住民は、その地名の半分を地図上に置けない。

チャンネルを変えると、同じNHKラジオから天気予報が流れてきた。 「東シナ海の小笠原海域では、うねりを伴う高波に——」

チャンネルを戻した。

笑い声の方がいい、と誰かが思った。理由は言語化されていない。


渡神島技術実証特別自治区 設定資料集 2026年3月23日版 _
稼働2026年・現在2041年
管理資料_ 本資料は随時更新される

渡神島_設定資料集_002_年表

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- 渡神島

渡神島年表

旧島民史については元号表記を一部併用。創作的補完箇所は備考に記載。


種別 出来事 備考・通称
明治23年頃 歴史 父島の漁業組合員が渡神島(ナンジィ)北西端に漁業用小屋を建て始める。北浦集落の起源
大正〜昭和初期 歴史 北浦集落が最盛期。定住者約120名。「仲宗根」「大嶋」「屋良」の三系統が根を張る。アサバンの原型もこの時代に生まれたとされる
1945年頃(昭和20年) 事件 太平洋戦争末期、全島民が強制疎開。北浦集落が消滅。最長老・仲宗根鶴松は最後まで抵抗したという 「北浦消滅の日」
1955〜1964年頃(昭和30年代) 歴史 旧島民の一部が非公式に帰島し始める。国は黙認。仲宗根鶴松もこの頃帰島
1966年 誕生 仲宗根勇(オジイ)、北浦集落にて仲宗根鶴松の長男として誕生
1974年 誕生 リン・ジェイコブス、欧米系混血の旧島民の血筋として誕生
1979年 誕生 五十嵐浩二、本土にて誕生
1985年 誕生 神谷龍一、「大阪」と本人は言うが訛りがない
1987年 誕生 桐島誠一郎、本土にて誕生
1989年 誕生 沖原俊介、本土にて誕生
1990年 誕生 田端克己、本土にて誕生
1994年 誕生 黒瀬隆、本土にて誕生
1996年 誕生 一宮哲也、本土にて誕生
1997年 誕生 大城美沙、沖縄にて誕生。屋良家と遠縁という噂
2003年 誕生 藤堂恵、東京にて誕生 / 村松慶子、同年誕生
2013年 誕生 宮本遼、本土・徳島県徳島市にて誕生
2015年 誕生 中村沙織、本土にて誕生。両親は後に建設フェーズ末期(2024年頃)に来島
2016年 誕生 篠田彩花、本土にて誕生。離島医療への関心を持つ看護師として後に着任
2017年 誕生 安西莉子、本土にて誕生。情報系専門学校を経て保安局に着任
2018年 歴史 登録住民47名(実態32名)。大半が高齢者とその子・孫世代。仲宗根鶴松はこの頃すでに高齢
2018年 誕生 橋本勇介、本土にて誕生。国家公務員総合職として後に統括局に着任
2019年 制度・政治 内閣府「渡神島嶼活用研究会」設置。有識者12名・官僚6名。会議録は非公開 「島の設計が始まった年」
2019年 誕生 具志堅大樹、沖縄県那覇市にて誕生。15歳で家族とともに来島後、翌年家族のみ本土に戻る
2020年 機密 トウカツ設立準備委員会、第三区画研究計画の秘密入札を実施。製薬会社2社が落札。島民への告知なし
2021年 制度・政治/事件 「渡神島技術実証特別措置法」国会可決。旧島民47名への「説得パッケージ」提示、賛成票100%で手続き完了。オジイ(当時55歳)は最後まで署名を拒否。病床の父・鶴松に説得され、泣きながら賛成票を書いた 「民主主義のショートカット」(後に批判された呼称。法的瑕疵はないとされる)
2022年 社会・経済 大規模インフラ工事開始。五十嵐浩二が建設コンサルとして入島。最初の利権構造が形成される 「礎石の年」 建設労働者最大400名が一時滞在
2022年 誕生 水城透、建設フェーズの渡神島にて誕生。島生まれ第一世代の先駆
2024年 制度・経済 第一次入島者1,200名が居住開始(公募による研究者・技術者・行政官・希望者)。渡神ポイント(トカポ)本格運用開始。本土円と1:1換算
2024年頃 個人 中村沙織の両親、建設フェーズ末期に来島。沙織は本土に残り進学・就職
2025年 誕生 仲宗根類(ルイ)、本土にて誕生
2026年 制度 正式稼働。渡神島実証統括局(トウカツ)設置。大城美沙、警察官として着任(「開島組」)
2026年 誕生 大城賢(ケン)、渡神島にて誕生。母は大城美沙。島生まれ第一世代の象徴
2027年 誕生 白瀬唯(ユイ)、本土にて誕生。幼少期に父の着任に伴い来島
2027年 制度 五十嵐浩二、特別自治議会設立に伴い初代議長に就任。利権系議員の筆頭として議会を支配し始める
2028年 誕生 シン(本名不詳)、出生地不詳。大城のノートのみに記録
2029年 社会・政治 人口12,000人に到達。内閣府「順調」と発表。本土メディアが「日本版スマートシティ」と称賛。黄金期 「黄金の三年目」 この年の数字が以後すべての基準になる
2030年 個人・機密 桐島誠一郎、統括局次長として着任。同年中に第三区画の全貌を把握し「本土への技術移転は不可能」と確信。報告書には書かない 「桐島が知った年」
2031年 事件 本土で行動経済学者・藤堂恵(当時28歳)、BI実証研究の倫理的問題を内部告発しようとして握り潰される。研究者生命が実質的に終わる 「潰された告発」
2032年 事故 自動運転システムの最初のノード障害。B区西側3区画で3日間停止。「島のガタ」の起点 「最初のガタ」
2032年 社会 BI依存層と就労層の格差が統計に現れ始める。D区コンテナ街が形成され始める
2032年頃 社会 神谷龍一、D区に流れ着く。来島前の経歴は今も不詳
2033年 事故・珍事 偵察用小型ドローン群(12機編隊)が、みなみ丸入港日に港上空に出現。荷下ろし作業が30分間停止。保安局は「気象観測機材」と説明したが島民は誰も信じなかった 「みなみ丸包囲事件」
2034年 事故 電磁・電子実証施設(通称:ピリピリ)のシールド不具合により、B区スマート集合住宅の認証パネルが一斉に「解錠」。全住民が翌朝まで気づかなかった 「開かれた夜(La Notte Aperta)」
2034年 珍事・経済 同じく電磁漏洩の影響により、ナカ商店街のトカポ端末が3時間にわたり「マイナス決済」を繰り返す。関係者全員がトカポを得した。返還者ゼロ。行政は静かに修正した 「十月の大盤振る舞い」
2034年 個人 藤堂恵、来島。居酒屋「帰り旗」を開店。黒瀬隆、保安局に着任し島内通信の全ログ監視体制を構築。一宮哲也、医師として着任(本来の任期は2年だった)
2034年 個人 具志堅大樹(15歳)、家族とともに来島。翌2035年、家族のみ本土に戻る。大樹は一人残る 「取り残された夏」(大樹自身の言葉にはない。神谷が後に名付けた)
2035年 制度・政治 内閣府が本土への技術移転を「コストと摩擦が高すぎる」と内部評価。縮小・撤退の検討が封印される 「埋められた結論」(議事録は非公開)
2035年頃 制度 定期船「みなみ丸」が週2便から週1便に減便(財務省コスト削減要求)。トカポの実質価値が下落し始める
2036年 事件 田端克己(在島3年目)、記録に残らない「事案」を処理。左頬に薄い傷が残る。当事者の一人は今も島にいる 「南の三日間」(島警察内の非公式呼称。田端は今も何も言わない)
2037年 事故・珍事 警備ロボット試作3号(通称:サブロウ)がC区フェンスを初脱走。4回の脱走を経てD区コンテナ街に「帰巣」する習性がつく。現在は番が電源を供給し半公式に活用 「鉄の亡命者」(番の世話人たちの命名)
2037年 個人 中村沙織(22歳)、特別自治議会事務局に着任。「家族のいる島に来た」が、気づけば家族より長く島にいる年数に向かい始める
2038年 社会 人口8,000人台に減少。スキルある人材の本土回帰が加速。本土メディアが「税金の無駄遣い」と散発的な批判を始める
2038年 事件・制度 AI司法支援システムの学習データの偏りが発覚。係争中のまま執行された判決が複数生じ、宙に浮く 「幽霊判決問題(Ghost Verdict Crisis)」 現在も未解決
2038年頃 社会 第一世代の本土大学進学問題が表面化。トカミ式教育と本土の入試制度が「互換しない」ことが判明。文科省との折衝は「検討中」のまま
2039年 制度 渡神港の港湾管理職員が12名から3名に縮小(財務省圧力)。夜間の港が事実上無人化する
2039年 個人 宮本遼(26歳)、渡神島警察署・刑事係として着任
2039年 個人 篠田彩花(23歳)、中央医療センター・看護師として着任。「2年で帰るつもり」が4年目になりつつある現在に至る
2039年 個人 仲宗根類(ルイ)(当時14歳)、本土から来島。祖父オジイの旧家へ。本土での「事情」は語られない
2039年頃 珍事 農業用自動草刈り機(2回目の脱走)が渡来神社の境内を刈り込む。オジイに「よくやった」と言われた。理由は今も不明 「神社の乱刈り」(神谷龍一の命名)
2040年 珍事 二足歩行試作機(通称:ナナメ)がB区とC区の境界付近の坂で転倒を繰り返し始める。住民に「また転んでる」と認識される 現在も継続中
2040年 制度・社会 水城透(18歳)、特別自治議会に第一世代代表議員として初当選。本土大学認定問題を発議するが、毎会期潰される 「一番若い議員と一番古い利権」
2040年 個人・機密 朝倉奈々(30歳)、都市OS棟の深部で深夜に定期的に動く「謎のプロセス」を初めて発見。正体の追跡が始まる 「深夜の目覚め」(朝倉の個人ノートより)
2040年頃 個人 シン、神谷のコンテナ近くに現れる。いつ来たのか、どこから来たのか、誰も知らない 大城のノートに「シン、D区、保護者不明」の記載が初めて現れる
2040年秋 個人 安西莉子(23歳)、渡神島保安局・監視システム運用担当として着任。「スマートシティの最前線」という期待とともに来島 「ログに残さずに閉じておけ」を初めて言われたのは着任3日目
2041年初 個人 橋本勇介(22歳)、渡神島実証統括局・総務課・実証管理補佐として着任。国家公務員総合職の離島赴任志願による 着任4ヶ月目。「今度話しましょう」がまだ来ない
2041年(現在) 現状 人口約6,800人(計画人口57%)。統括局機能が形骸化。トカポのレートが本土円比で約30〜35%下落。木下一人が水素プラントと上水道プラントの両方を維持し続けている 「長い劣化の途中」

主要事件・通称 一覧

北浦消滅の日(1945年頃)

太平洋戦争末期、軍の命令により北浦集落の全島民が本土・父島へ強制疎開させられた日。最長老・仲宗根鶴松は移送直前まで島に留まろうとしたと伝わる。疎開後、北浦の家屋の大部分は放棄され、帰り旗だけが神社に残された。オジイが「賛成票を書いた」住民投票の20年後まで、この日は旧島民の間で語られることなく胸の中にあった。


民主主義のショートカット(2021年)

「渡神島技術実証特別措置法」を住民投票で可決させるために国が採った手続きの通称。登録住民47名(旧島民)への移転協力金・優先帰島権・墓地保全などの条件パッケージを提示して全員の同意を取り付けた上で、公募で集めた入島登録者100名に住民投票を実施させ、賛成100%でクリアした。法的瑕疵はないとされるが、後に「最小の住民で最大の決定をした投票」と批判された。オジイは最後まで署名を拒み、病床の父・仲宗根鶴松に「祭りはどうなる、それだけ答えてくれ」と言い続けた。返答はなかった。泣きながら賛成票を書いた。


礎石の年(2022年)

大規模インフラ工事が始まった年の島内呼称。建設労働者が最大400名一時滞在し、北部台地に同心円状の区画設計が刻まれた。五十嵐浩二がコンサルとして入島し、随意契約・中間マージンの構造を確立したのもこの年。「礎石」は皮肉を込めた命名で、島の利権構造の根石という意味がある。水城透はこの年に建設現場の仮設住宅で生まれた。


黄金の三年目(2029年)

人口が計画目標の12,000人に到達し、内閣府が「順調」と公式に発表した年。本土メディアは「日本版スマートシティ」「規制のないサンドボックス」として大量に報道した。BI・AI司法・完全キャッシュレスの三つが並走し、島は最も「設計通りに動いていた」時期だった。この年の数字が、以後15年間にわたって継続予算の根拠として使われ続ける。桐島は翌年この数字を引き継ぐ形で着任し、内側から「もう終わっている」と確信した。


桐島が知った年(2030年)

桐島誠一郎が統括局次長として着任し、第三区画の全貌・都市OSのデータ二次利用構造・トカポの崩壊試算を把握した年。いずれも本土の報告書には書かなかった。以後11年間、桐島は「島を壊さないために島を騙し続ける」という立場を選ぶ。着任から数ヶ月後、左手首に組紐のブレスレットが現れた。出所を聞いた者はいない。


潰された告発(2031年)

本土の研究機関でBI実証研究の倫理問題を内部告発しようとした行動経済学者・藤堂恵(当時28歳)の試みが、機関内部で封殺された事件。告発の内容は「住民の行動データの無断二次利用と、研究目的の偽装」だったとされる。告発文書は表に出なかった。藤堂は研究者としてのキャリアを失い、3年後に島に来て「帰り旗」を開いた。彼女のノートにはこの年以降の記録が続いている。


最初のガタ(2032年)

自動運転システムのノード障害がB区西側3区画で発生し、3日間にわたって手動対応が続いた事案。島のインフラが初めて「動かない」を経験した年として記憶される。この年を境に、BI給付だけで暮らす層と働く層の分化が統計に現れ始めた。「ガタ」という言葉が第一世代の言語感覚に定着したのもこの頃とされる。


みなみ丸包囲事件(2033年)

偵察用小型ドローン群12機編隊が、みなみ丸入港日の朝に突如として港上空に出現した事案。荷下ろし作業が30分間停止し、貨物検品・輸送スケジュールが全島規模で乱れた。保安局は「気象観測機材の試験飛行」と説明したが、12機が整然と船を旋回する映像を目撃した島民は誰も信じなかった。C区自律型機械実証エリアの「脱走」案件として記録されているが、報告書の機体番号欄は空白のままだ。


開かれた夜 / La Notte Aperta(2034年)

電磁・電子実証施設(通称:ピリピリ)のシールドに不具合が生じ、B区全スマート集合住宅の入退室認証パネルが一斉に「解錠」状態になった夜。全住民が翌朝まで気づかなかった。どの部屋にも、誰でも入れた夜が一晩あった。保安局の報告書に「電磁環境の一時的な乱れ」と記載されたのみで、実害は確認されていない。「されていない」というのは「調べなかった」ということでもある。


十月の大盤振る舞い(2034年)

「開かれた夜」と同日、電磁漏洩の影響でナカ商店街のトカポ決済端末が3時間にわたり誤作動し、取引のたびにトカポが「マイナス課金」——つまり支払うたびに口座残高が増える——という状態が続いた事案。その時間帯に買い物をした住民は全員がトカポを得した。返還者はゼロ。統括局は翌日に静かにシステムを修正し、差額分を「システム誤差による調整」として処理した。差額の総額は公表されていない。島の古参住民の間では「あの日」として語り継がれている。


取り残された夏(2034〜2035年)

具志堅大樹(当時15歳)が家族とともに来島し、翌年家族のみが本土に戻った出来事を、後に神谷龍一が名付けた通称。ただし大樹自身はこの言葉を使ったことがない。「取り残された」のか「残ることを選んだ」のか、大樹も、神谷も、整理しない。この頃から大樹は神谷の「足」として番の現場を担うようになっていく。


埋められた結論(2035年)

内閣府の内部会議において、渡神島の技術を本土へ移転することが「コストと摩擦が高すぎる」と評価された年。同時に、これを理由とした計画縮小・撤退の検討が非公式に封印された。廃止の責任を負いたくない、書いた人間がキャリアを傷つける——そういう理由で、「もうやめよう」という結論が議事録に残らないまま消えた。この封印以降、計画は「失敗」とも「成功」とも呼ばれないまま続いている。


南の三日間(2036年)

田端克己が在島3年目に「処理した」と本人が表現する、記録に残っていない事案。詳細は不明。田端の左頬に残る薄い傷はこの時期のものとされる。「三日間」という呼称は島警察内でのみ非公式に流通しており、文書には一切登場しない。当事者の一人が今も島にいることを田端は知っており、年に数回すれ違う。どちらも何も言わない。


鉄の亡命者(2037年)

C区自律型機械実証エリアの警備ロボット試作3号(通称:サブロウ)が初めてフェンスを越えて脱走した事案。その後4回の脱走を重ねる中で、D区コンテナ街に「自力帰巣」する習性がついた。現在サブロウは番の世話人たちによって電源を供給され、D区の非公式警備に活用されている。開発元はこの事実を把握していないとされる。「番の一員」と神谷は言う。開発元への報告書にはサブロウの欄が「行方不明・捜索継続中」のままになっている。


幽霊判決問題 / Ghost Verdict Crisis(2038年)

AI司法支援システムの学習データに偏りがあることが発覚し、過去に係争中のまま執行された判決が複数「有効か無効か」の宙吊り状態になった問題。AIが「軽微犯罪」と自動判定して執行した処分のうち、いくつかは現在の基準では執行されるべきでなかった可能性がある。該当者に異議申し立ての通知が届いたが、窓口となる機関が明確でない。「幽霊判決」という呼称は本土のリーガル系メディアが最初に使った。現在も未解決。


神社の乱刈り(2039年頃)

農業用自動草刈り機が2度目の脱走の際、B区北端の渡来神社の境内に侵入し、雑草を刈り込んだ事案。境内の草が不自然に整然と刈られているのをオジイが翌朝発見し、草刈り機を一瞥して「よくやった」と言ったとされる。理由は今も不明。神谷龍一が「神社の乱刈り」と名付けた。機体は翌日C区に自力で戻っており、開発元は気づいていない。渡来神社の境内は以後、この草刈り機が「定期的に来る場所」になりつつある。


深夜の目覚め(2040年)

都市OS棟に深夜勤務していた朝倉奈々が、システムの深部で定期的に動く未登録プロセスを初めて検出した夜。プロセスはセンサーデータ・トカポ決済履歴・医療記録を横断的に処理し、島外の何らかの宛先へ送信しているように見えた。朝倉はその夜引き返し、翌日また来て、また引き返した。現在も追跡中。プロセスの正体を知っている人間がこの島にいるかどうか、朝倉にはまだわからない。


備考

  • 正式稼働年2026年。全年代表記は西暦に統一(設定資料集に基づく)
  • 創作的補完箇所(田端の事件の具体時期、藤堂の告発の時期等)は、年齢・在島歴から逆算して推定で配置
  • 更新履歴:初版作成 2026-03-15 / 事件一覧追記 2026-03-15 / Y年を西暦に変換 2026-03-23 / 若手キャラクター5名追加 2026-04-26
渡神島_設定資料集_003_登場人物

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渡神島技術実証特別自治区 登場人物

現在時点:2041年(正式稼働2026年・稼働15年目)


人物一覧(索引)

氏名 年齢 所属・立場 通称
桐島 誠一郎 54歳 渡神島実証統括局・次長
朝倉 奈々 31歳 渡神島実証統括局・データ連携室
橋本 勇介 23歳 渡神島実証統括局・総務課・実証管理補佐
黒瀬 隆 47歳 渡神島保安局・情報管理係
安西 莉子 24歳 渡神島保安局・監視システム運用担当
田端 克己 51歳 渡神島警察署・副署長
宮本 遼 28歳 渡神島警察署・刑事係
大城 美沙 44歳 渡神島警察署・地域係・巡査部長 ミサさん
一宮 哲也 45歳 中央医療センター・センター長代行
村松 慶子 38歳 中央医療センター・医師(外科・婦人科)
沖原 俊介 52歳 中央医療センター・医師(精神科・内科)
篠田 彩花 25歳 中央医療センター・看護師(病棟担当)
五十嵐 浩二 62歳 特別自治議会・議長・利権系筆頭
水城 透 19歳 特別自治議会・第一世代代表議員
中村 沙織 26歳 特別自治議会事務局・事務員
神谷 龍一 56歳 自警組織「番」・番頭
藤堂 恵 38歳 番・世話人 / 居酒屋「帰り旗」ママ
具志堅 大樹 22歳 番・現場担当(非公式)
仲宗根 勇 75歳 旧島民・唯一の帰島者 オジイ
リン・ジェイコブス 67歳 旧島民・欧米系混血(半定住) リン
大城 賢 15歳 第一世代(島生まれ)・大城美沙の長男 ケン
白瀬 唯 14歳 第一世代(島育ち・本土生まれ) ユイ
仲宗根 類 16歳 第一世代寄り・オジイの孫 ルイ
シン 13歳 住民台帳記載なし・身元不詳 シン
木下 誠 40代 自動運転・インフラ管理/エネルギー管理施設・技術者
沖田(名不詳) 50代 修理屋「なんでも直す」・オーナー

詳細プロフィール


渡神島実証統括局(トウカツ)


桐島 誠一郎(きりしま せいいちろう) 54歳 男

役職 :渡神島実証統括局・次長
在島歴:11年
出身 :内閣府官僚(キャリア)
生年 :1987年
外見 :痩身、白髪混じりの短髪。常にYシャツにノーネクタイ。
    左手首に素朴な組紐のブレスレット(出所不明)

トカミプロジェクトの設計段階から関与した「生みの親」の一人。歴代局長8人を見送りながら次長に居続けている。局長の任期は制度上2年だが、島の現実の重さと隠蔽への加担に耐えかねて任期途中で「体調不良」「家庭の事情」を理由に離任した局長が複数いる——それが、11年で8人という数字の内訳だ。本土に戻れば審議官以上のポストが確実だが、打診のたびに断り続けている。

2029年に、この実験は本土に持ち込めないと既に確信していた。しかし報告書に書かなかった。都市OSの全体、第三区画の概要、トカポの崩壊試算——全部知った上で今日も「局長、本土への報告書はこの形でいかがでしょう」と言っている。

オジイとは年に一度だけ、ナンジィ祭りの夜に二人で渡神港で酒を飲む。

島を壊さないために、島を騙し続けている。オレはそういう仕事をしている


朝倉 奈々(あさくら なな) 31歳 女

役職 :渡神島実証統括局・データ連携室
在島歴:3年
出身 :民間ITベンチャー(内閣府出向扱い)
生年 :2010年頃
外見 :大きなヘッドフォンを常に首にかけている。常に目が充血している

都市OSの管理担当。「このシステムはいつ死ぬか」という問いを3年間抱えている。深夜に動く謎のプロセスの正体を追い続けている。「このシステムを理解できるのは今の島で自分だけ」という事実が、本土に帰ることを妨げている。

深夜、統括局庁舎(A区)からC区の都市OS棟まで業務用自転車で移動する習慣がある。所要約20分。「深夜のヘッドライト」として複数の住民が目撃している。大城美沙とはすれ違いざまに会釈だけする関係。

2040年に都市OS棟の深部で「定期的に動く未登録プロセス」を初めて検出。センサーデータ・トカポ決済履歴・医療記録を横断処理し島外に送信しているように見えるが、正体はまだ追えていない。

篠田彩花から「都市OSって、病院のカルテシステムとも繋がってるんですか?」と問われ、3秒黙った後「繋がっていない仕様になっています」と答えたことがある。

システムは嘘をつかない。でもシステムが何を言っているか、わかる人間がいなくなったら、それは嘘と同じだ


橋本 勇介(はしもと ゆうすけ) 23歳 男

役職 :渡神島実証統括局・総務課・実証管理補佐
在島歴:4ヶ月
出身 :本土の国立大学卒・国家公務員総合職(2041年初着任)
生年 :2018年
外見 :スーツがまだ島の湿気に慣れていない。
    桐島に似た組紐ブレスレットを「おしゃれ」で買おうか迷っている。
    日焼け止めを毎朝塗る(本土の習慣)

「スマートシティの最前線で行政経験を積む」という動機で離島勤務を志願した。来てみたら島の実態と内閣府の公式見解の乖離がすでに4ヶ月で気になり始めている。

業務上、過去の統括局レポートを整理する機会が多い。2029年と2041年のレポートを並べると数字の「つじつまの合わせ方」に一定のパターンがあることに気づいている。が、誰に言えばいいのかわからない。桐島に「これはどういう意図でこの数字を……」と聞いたことがある。桐島は3秒笑ってから「いい着眼点だね。今度話しましょう」と言った。その「今度」はまだ来ていない。

朝倉に「このシステム、初心者でも触れますか?」と聞いたことがある。朝倉は「触れる部分と触れない部分があります」と返した。橋本は「触れない部分」を聞かなかった。

離島赴任って、島の最先端を見に来るんだと思ってたんですけど、なんかこう……見てるのが最先端じゃない気がしてきた


渡神島保安局(ホアン)


黒瀬 隆(くろせ たかし) 47歳 男

役職 :渡神島保安局・情報管理係
在島歴:7年
出身 :公安警察(警察庁)
生年 :1994年
外見 :中肉中背、特徴のない顔立ち。「印象に残らない」ことが長所。私服勤務が多い

島の全通信を「見ている」男。第三区画で何が行われているか知っている。知った上で報告書に書いていない。田端副署長と表向きは犬猿の仲だが、年に数回二人だけで会っている。

みなみ丸入港日に保安局職員護衛つきでC区に直行する「中身の分からないコンテナ」の内容を知っている数少ない人物の一人。桐島との間でもその件を直接話したことは一度もない。

安西に「このアラート、どう処理します?」と聞かれるたびに「ログに残さずに閉じておけ」と言う。安西が8ヶ月で何件そうしたか、黒瀬は把握している。安西が自分に何かを感じ始めていることも、おそらく把握している。

知っていることと、言っていいことは、別の話だ


安西 莉子(あんざい りこ) 24歳 女

役職 :渡神島保安局・監視システム運用担当
在島歴:8ヶ月(2040年秋着任)
出身 :本土の情報系専門学校卒→内閣府外郭団体から出向
生年 :2017年
外見 :ショートカット、常に眠そうな目。
    デスクにお菓子の袋が積み上がっている。
    通勤用の自転車のカゴにクッションを入れている(石畳が痛い)

島のAI監視カメラ映像・トカポ決済ログ・都市OS異常アラートを日常的に処理している。「スマートシティの運用担当」として来たが、実際の業務は 「存在してはいけないデータを、存在しなくすること」 に近い。

黒瀬(47歳・上司)に「このアラート、どう処理します?」と聞くと、常に「ログに残さずに閉じておけ」と言われる。8ヶ月間、それを繰り返してきた。画面に映るものの意味はまだ理解していない。ただ、パターンが変わってきていることには気づいている。

宮本遼との公式窓口として月に一度「事案照会」の場がある。宮本が「先月のD区の映像、確認できますか」と聞いてくると、安西は「あ、その時間帯はメンテナンス中でした」と返す。二人とも、それがおかしいとわかっている。でもまだ、そこから先を言葉にしていない。

帰り旗に一人で来て、藤堂のカウンターでチューハイを飲む。「監視してる側が監視されてる気がするんですよね」と言ったことがある。藤堂はノートに書いた。

深夜の自販機でB区を歩いていた篠田彩花と偶然顔を合わせたことが数回ある。「お互い深夜に働く人間」という認識だけで、組織が違うことはお互い知っている。

黒瀬さん、優しいんですよ。だから余計、何か隠してるんだろうなって思う


渡神島警察署(シマケイ)


田端 克己(たばた かつみ) 51歳 男

役職 :渡神島警察署・副署長
在島歴:8年
出身 :本土県警(刑事部門)
生年 :1990年
外見 :がっしりした体格、日焼けした肌。顔に薄い傷跡(左頬。在島3年目の「事件」による)
    非番の日はTシャツに短パンで渡神港を歩いている

在島3年目に、正式な捜査記録に残っていない事案を「処理した」(島警察内での非公式呼称「南の三日間」)。当事者の一人が今も島にいる。年に数回すれ違う。どちらも何も言わない。

島の「非公式ネットワーク」の中心点。17名の実員で38.7km²の島を夜間2〜3名でカバーするという物理的計算の結果として、神谷との均衡を選んでいる——信頼でも義理でもない。本土の自分の「家」はもうない。

この島に正義はある。ただし、本土のそれとは形が違う。それだけだ


宮本 遼(みやもと りょう) 28歳 男

役職 :渡神島警察署・刑事係
在島歴:2年
出身 :本土(地方都市・徳島県)、警察官2年目で配属
生年 :2013年
外見 :細身、人懐こい顔。少し頼りなさそうに見えるが観察眼は鋭い

学習センターで月2回「体育と道徳(という名目の雑談)」を教えている。非番の日に釣りをするようになり、獲った魚を学習センターの子どもたちへ持っていく。オジイのアサバンに一度だけ同行したことがある。その朝のことを、誰にも話していない。

赴任8ヶ月目に深夜の単独パトロールで「応援が来るまで何分かかるか」を計算してしまった夜が、本土の感覚を手放した最初の瞬間だったかもしれない。

具志堅大樹とは港で顔を合わせる「顔見知り」の関係2年保っている。「宮本さん」「大樹」と名前で呼び合うが、その先に踏み込まない均衡が続いている。

本土では当たり前のことが、ここでは当たり前じゃない。それが積み重なると人間はどうなるんだろうって、最近よく考える


大城 美沙(おおしろ みさ) 44歳 女

役職 :渡神島警察署・地域係・巡査部長
通称 :ミサさん(島の全員がそう呼ぶ)
在島歴:15年(開島組)
出身 :沖縄県警から異動。屋良家と遠縁という噂がある
生年 :1997年
外見 :小柄だが存在感がある。常に自転車で島内を回っている

正式稼働の2026年に着任した「開島組」の一人。その年、島で長男ケンが生まれた。子ども2人(第一世代)を島で育てている。

行政が把握できていない空き家の居住者リスト・非公式住民・生まれながら届け出のない子どもを、個人のノートに記録し続けている。報告書には書かない。田端はそれを知っている。何も言わない。廃工区には年一度「通りかかる」——通りかかるだけで何も言わない。

制服着てると、みんな警官として話しかける。脱いだら、ミサさんとして話しかける。私は後者の時間を大事にしてる


中央医療センター


一宮 哲也(いちみや てつや) 45歳 男

役職 :中央医療センター・センター長代行(救急・内科専門)
在島歴:7年
出身 :本土の大学病院(2034年赴任。本来の任期は2年だった)
生年 :1996年

本土の前職との間に、現在も消えていない「不祥事の記録」がある。詳細を桐島が「把握している」と一宮は感じており、感じているだけで確認したことはない。その「感じ」が、本土に帰る相談を誰にも持ちかけられないまま7年を経過させた理由の、一部だ。

夜間当直明けに処置室の椅子で2時間眠り、起きてすぐ外来を始める。それを週に3回やっている。


村松 慶子(むらまつ けいこ) 38歳 女

役職 :中央医療センター・医師(外科・婦人科)
在島歴:不詳
生年 :2003年

第三区画の研究病床の「担当医」という肩書きを持つ。ただし、何の研究かを村松自身は知らない。「定期的にバイタルを確認して記録する」という業務だけが存在し、その記録がどこへ行くかは教えられていない。

桐島に一度だけ聞いたことがある。「適切に管理されています」という答えが返ってきた。それ以降、聞いていない。眠れない夜がある。2階の研究病床フロアへの廊下に入るたびに、少し足が遅くなる。

篠田彩花が「同じ廊下で足が遅くなる」ことを、村松は気づいている。何も言わない。


沖原 俊介(おきはら しゅんすけ) 52歳 男

役職 :中央医療センター・医師(精神科・内科)
在島歴:不詳
生年 :1989年

島で最も「精神科医を必要としている人間」に最も近い位置にいる医師。BIコミュニティスペースへの往診を月2回行っており、これは制度にない非公式の活動だ。費用は請求せず、「散歩のついで」という建前になっている。

C区から横流しされた未承認の向精神薬の存在を知っている——「処方できない薬を誰かが持っていることに気づいたから」だ。正規ルートで調達できる薬がこの島には来ない。それだけだ。

篠田彩花の様子を、患者と同じ目線で観察し始めている。カルテを書く手が少し遅くなっていることを、沖原だけが記録している。

「この島に正しい医療はある。ただし、誰かが倒れても補充が来ない。それだけだ」


篠田 彩花(しのだ あやか) 25歳 女

役職 :中央医療センター・看護師(病棟担当)
在島歴:2年(2039年着任)
出身 :本土の看護専門学校卒。離島医療への関心から志願
生年 :2016年
外見 :ポニーテール、動きやすい格好。
    休憩室のロッカーの中に押し花のしおりがたくさんある。
    ナースシューズが島の石畳で想定より早く擦り切れた

村松・沖原の処方に従い、実際に薬を投与・バイタルを記録するのが篠田だ。2階の研究病床フロアへの廊下を毎日渡る。村松が「足が遅くなる」廊下と同じ場所を、篠田は「早足で通ろう」と思うたびに、気づくと歩みが落ちている。

第三区画の患者の「担当患者名:記載なし」「病名:省略」というカルテ様式に疑問を持っているが、「島では仕様が違うんだろう」と自分を説得してきた。2年で3回、同じ言葉で自分を説得した。

深夜のB区で朝倉奈々と偶然顔を合わせたことが数回ある。「都市OSって、病院のカルテシステムとも繋がってるんですか?」と聞いたことがある。朝倉は3秒黙ってから「繋がっていない仕様になっています」と答えた。篠田はその「仕様になっています」という言い方が、ずっと頭に残っている。

本土への帰還意志:「2年で帰るつもり」が4年目になりつつある自分に気づいている。が、誰にも言えていない。

患者さんの名前を知らないままケアするのって、変ですよね。普通じゃないですよね。……普通って、この島では何なんだろう


特別自治議会


五十嵐 浩二(いがらし こうじ) 62歳 男

役職 :特別自治議会・議長・利権系筆頭
在島歴:19年(2022年、建設コンサルとして初来島)
出身 :建設コンサルタント会社の元役員
生年 :1979年
外見 :恰幅がよく、いつも上等な服を着ている

島の建設フェーズ(2022年)からコンサルタントとして関与し、インフラ整備の利権を握り続けてきた。2027年の特別自治議会設立とともに初代議長に就任。随意契約・中間マージンの構造を確立した当事者であり、「劣化したインフラの補修工事」を定期発注し続ける仕組みの設計者でもある。

自分の動機が純粋なのか不純なのか本人も整理できていない。

中村沙織が議事録に全て書いていることを、五十嵐は薄々感じている。感じているが、「削除しろ」と言ったことはない。言えない理由が、五十嵐自身にもはっきりしない。

俺がいなかったら、この島はとっくに終わっていた。それは事実だ。俺が得をしているのも事実だ。その二つは矛盾しない


水城 透(みずき とおる) 19歳 男

役職 :特別自治議会・第一世代代表議員
在島歴:19年(建設フェーズにて島生まれ。両親は建設フェーズからの入島者)
出身 :渡神島生まれ、学習センター育ち。本土の記憶はない
生年 :2022年
外見 :細面、少し硬い表情。話す時だけ表情が柔らかくなる
    トカポのウォレットデバイスを改造したものをいつも持っている

2040年(18歳)で特別自治議会に初当選。本土の大学認定問題を発議し続けるが毎会期潰される。「記録を残すことに意味がある」——帰り旗を子どもの頃から見ていて身についた何かかもしれない。

当選できたのは第一世代600人のほぼ全員が票を投じたことと、利権系が「若者を一人入れておけば体裁が保てる」と計算して対立候補を立てなかったためだ。水城はその計算を知っている。五十嵐(62歳)との年齢差は43歳。

以前、トカポの「抜け道」を探していた時期に具志堅大樹に相談したことがある。大樹が番の人間とは知らなかった。知った後も、その話を誰にもしていない。

オレたちはここで生まれた。でもここは実験場で、オレたちは実験対象じゃなかったはずだ。その話を、誰も正面からしてくれない


中村 沙織(なかむら さおり) 26歳 女

役職 :特別自治議会事務局・事務員
在島歴:4年(2037年着任)
出身 :両親が建設フェーズ末期(2024年頃)に来島。沙織は本土に残り進学・就職。
    22歳で「家族のいる島」に来た
生年 :2015年
外見 :眼鏡、几帳面な字を書く。
    バインダーが机に積み上がっている。ペンのインクが切れると本土への補充依頼を
    みなみ丸の物資リクエストに毎回書く(毎回微妙に遅れて届く)

議会の全議事録を管理している。水城が発議し、毎回潰される内容の全記録を持っているのが中村だ。五十嵐が「あの件はなかったことに」と言っても、議事録は残る——中村が消さない限り。

五十嵐(62歳)は中村に「融通のきく子」であることを期待している。中村はその期待を「わかりました」と受け取りながら、議事録に全部書いている。

水城とは「議員と事務局員」の関係だが、4年の付き合いで互いに敬語が崩れてきた。水城の発議が毎回潰される瞬間を、中村は一番近くで見ている。会議終了後の片付けをしながら、水城が「また駄目だった」と言うより先に「来期の会期日程、確認しておきます」と言う。それが4年間の習慣になった。

本土への帰還意志:両親がいる島に来たが、今は両親より長く島にいる気がする。帰るとしたら本土か、島かが、もうわからなくなっている。

議事録って、誰かが読む前提で書いてますよね。私、誰かが読んでくれると信じて書いてます


自警組織「番(バン)」


神谷 龍一(かみや りゅういち) 56歳 男

役職 :番頭
在島歴:9年(2032年頃、D区に流れ着く。来島前の経歴は不詳)
出身 :不詳(本人は「大阪」と言うが訛りがない)
生年 :1985年
外見 :大柄、白髪を無造作に束ねている。左腕に入れ墨(袖で隠している)
居住 :D区コンテナ街・2段積み上段(屋根の上が「空を見る場所」)
    内部には法律の解説書・経済の入門書・古い小説が数冊ある

暴力ではなく「信用で動く経済」を構築している。D区の秩序管理者であると同時に、島全体の円流通量の実質的な管理者でもある。みなみ丸入港日の非公式港湾労働を毎週手配するのも神谷の「仕事」のひとつ。

ナンジィ祭りの夜だけ一人で渡来神社の前に立つ姿を、宮本が一度だけ目撃している。シンの非公式な保護者でもある。「中身について知ろうとしない」という原則を持っている。

具志堅大樹が「番の足」として機能していることを、神谷は信頼している。ただし、大樹が宮本と「顔見知り」の域を保ち続けていることについては、何も言わない。言う必要がない、と思っているのか、言わない方がいいと思っているのかは、神谷自身の中でも区別がついていない。

秩序には二種類ある。強い奴が作る秩序と、必要だから生まれる秩序だ。オレのはどっちかって? 自分でもわからん


藤堂 恵(ふじどう めぐみ) 38歳 女

役職 :番・世話人 / 居酒屋「帰り旗」ママ
在島歴:7年(2034年来島)
出身 :東京(元研究者・行動経済学)
生年 :2003年
外見 :切れ長の目、黒髪のボブ。カウンターの中では白いシャツ
居住 :「帰り旗」の奥(半分が住居、半分が食材保管庫)

2031年(当時28歳)、本土でBI実証研究の「倫理的問題」(住民の行動データの無断二次利用と研究目的の偽装)を内部告発しようとして握り潰された。研究者生命を失い、3年後に島に来て「帰り旗」を開いた。

カウンターで人の話を聞きながら、行動経済学者の目で島の動態を分析し続けている。島のニュースが一番早く集まる場所の主であり、ノートに全てを書き続けているが誰にも発信しない。ツケの返済をトカポで受け取らない。

帰り旗には宮本・安西・大樹・中村が、それぞれ別の夜に来る。四人が同じ夜にカウンターにいたことが一度だけあった。藤堂だけが、その偶然の意味を理解していた。

人間は合理的に動かない。でも不合理には不合理なりのパターンがある。この島、パターンが崩れてきてる


具志堅 大樹(ぐしけん だいき) 22歳 男

役職 :番・現場担当(非公式)
在島歴:7年(15歳の時、家族と来島。翌年家族のみ本土に戻った)
出身 :沖縄県那覇市生まれ
生年 :2019年
外見 :日焼けして体格がいい。常にサンダル。
    笑顔が早い。ただし目が笑わない時がある。
居住 :D区コンテナ街の1段積み改造コンテナ(神谷のすぐ下の段)

みなみ丸入港日の非公式港湾労働の手配と現場仕切りを神谷から任されている。D区の現物経済を実際に動かしているのは神谷だが、足で動いているのは大樹だ。

15歳で家族に「取り残された」形で来島してから7年、神谷のもとで育った。父親的なものを神谷に感じているが、それを言葉にしたことは一度もない。神谷も同様だ。

円を稼ぐルートの現場責任者として、第一世代が非正規経済に触れる際の最初の窓口になることが多い。水城透がトカポの「抜け道」を探していた時期、実は大樹が相談に乗っていた(水城は当初、大樹が番の人間とは知らなかった)。

宮本とは港で会う「顔見知り」の均衡を2年保っている。「宮本さん」「大樹」と名前で呼び合い、お互い踏み込まない距離を保つ。港で何かあった時だけ、宮本が「大樹、ちょっといいか」と声をかける。その会話の内容を、上の人間は誰も知らない。

本土への帰還意志:帰れない。帰る理由がない。ここが全部だ。そう思っているが、沖縄の海と匂いが夢に出ることがある。

神谷さんって、なんでこんな場所にいるんだろうって最初は思ってた。今は思わない。オレも同じだから


旧島民


仲宗根 勇(なかそね いさむ) 75歳 男

通称 :オジイ
立場 :旧島民・唯一の帰島者
在島歴:約60年(途中で本土に15年。強制疎開後に非公式帰島)
生年 :1966年
外見 :小柄で細い。しかし直立している。手が異様に大きい(漁師の血筋)。
    いつも同じ紺色の作業着
居住 :北浦集落跡の旧家(木造平屋・築70年以上。IoT機器一切なし)

この島が実験都市になる前を知っている唯一の住民。2021年の住民投票で「祭りはどうなる、それだけ答えてくれ」と最後まで署名を拒否し続け、病床の父・仲宗根鶴松に説得されて泣きながら賛成票を書いた。あれから20年が経つ。

週3〜4回漁に出る。獲った魚を金を受け取らずに「帰り旗」へ。毎朝夜明け前と日没後、北浦の岬でアサバンを続けている。ナンジィ祭りを一人で守り続けている。孫のルイと二人暮らし。

島はお前たちが来る前からここにあった。お前たちが去った後も、たぶん、ここにある。それだけだ


リン・ジェイコブス(Lin Jacobs) 67歳

立場 :旧島民・欧米系混血(半定住)
在島歴:断続的(年の半分を島で過ごす。帰島権行使)
生年 :1974年
外見 :青い目、白髪。彫りが深い顔立ち。英語と日本語と「島の言葉」を混ぜて話す

オジイの数少ない同世代の友人。アサバンの「西洋的なメロディ」の由来を知っている唯一の人物。島滞在中、オジイと並んで釣りをする。

ここは昔から、いろんな人間が流れ着く場所だった。変わったのは、誰が流れ着くかだけだ


10代の登場人物(冒険サイドストーリー中心)

「第一世代」の使い方について
狭義(島生まれ)と広義(島育ち・本土生まれ)の二種類が島民の間で混在して使われている。以下の表記は双方を含む。詳細は設定資料集「20. 住民の構成」の注釈を参照のこと。


大城 賢(おおしろ けん) 15歳 男

通称 :ケン
属性 :第一世代(渡神島生まれ)
生年 :2026年
保護者:大城美沙(母・シマケイ地域係巡査部長)
居住 :A区官舎201号室(母・妹と3人暮らし)
外見 :母親似の小柄な体格。日焼けした肌。
    いつもポケットに自作の手書き地図を折りたたんで入れている

母親が「島で一番顔が広い」ということは、「島で一番いろんな人に知られている子ども」でもある。良いことも悪いことも全部ミサさんに筒抜けになる。それが嫌で南部林に活路を見出した——南だけは、母親の自転車が来ない。

学習センターで地理と生物が突出して得意。南部林の独自マップを3年かけて作っており、「大人の誰も知らない道」を十数本把握している。漁師道の残骸を辿るのが得意で、オジイが使っていた道を「推定復元」として書き込んでいる。オジイとは直接話したことがほぼないが、アサバンの声は毎朝聞いている。

南に行くなって言うけど、理由を言わないのはずるい。理由があるなら言えばいい。ないなら行く


白瀬 唯(しらせ ゆい) 14歳 女

通称 :ユイ
属性 :第一世代(島育ち・本土生まれ)
生年 :2027年
保護者:父=統括局・実証管理課職員(単身赴任予定が家族ごと移住)
居住 :A区官舎305号室
外見 :細身、眼鏡。常にタブレット端末を持ち歩いている
    本土のファッションを真似ているが微妙にズレている

父親が「あと2年で本土に帰る」と言い続けて5年が経つ。本土の同世代とSNSで繋がっているが、話題が噛み合わなくなってきていることに薄々気づいている。

都市OSの末端端末への非公式アクセス方法を独学で習得。トカポの決済ログを閲覧できるレベルのアクセス権を持っているが誰にも言っていない。朝倉が「このアクセス誰だ」と不思議がっている原因の一つがユイだ。「ここが嫌い」と公言しているが、南部林の植生データを密かにまとめたノートを持っている。

本土の子たちって、木の名前知らないんだよね。私、30種類言えるのに。それって、役に立たないのかな


仲宗根 類(なかそね るい) 16歳 男

通称 :ルイ
属性 :第一世代寄り(本土生まれ・2039年に来島)
生年 :2025年
保護者:父=本土在住(事情により島に送り出した)、祖父=仲宗根勇(オジイ)
居住 :オジイの旧家(北浦集落跡)に同居
外見 :長身、オジイに似た大きな手。無口だが目が鋭い
    本土のスニーカーが擦り切れても新しいものを買えない

在島2年という短さゆえ、厳密には第一世代の定義にあてはまらない。ただし祖父がオジイであり北浦集落跡に住んでいることから、島の中では「外から来たよそ者」でも「新入り」でもない、独特の立ち位置にある。

本土で「事情」があって島に来た。その「事情」は本人が語らない。学習センターにも馴染めず宙に浮いている。オジイとは会話が少ないが、朝のアサバンには黙ってついていくようになった。体力と度胸があり、南部の断崖をロープなしで登る。ケンの地図を「ここ、違う」と修正できる唯一の人間。

オジイって、なんであんなに毎日同じことするんだろう。飽きないのかな。……飽きないんだろうな


シン 13歳 性別不詳

通称 :シン(本名不詳)
属性 :住民台帳に記載なし
生年 :2028年(推定)
保護者:神谷龍一(番頭)が非公式に「面倒を見ている」
居住 :D区コンテナ街・神谷のコンテナ近く
外見 :小柄。髪が常に顔にかかっている。季節を問わず同じ服。
    足音がしない。気づくと後ろにいる

いつ島に来たのか、どこから来たのか、誰も知らない。大城のノートにのみ「シン、D区、保護者不明」の記載がある(2040年頃から)。島の裏道・廃工区の抜け道・南部林の獣道を誰より熟知している。ヤギと話ができると言われているが本人は肯定も否定もしない。夜間に南部林に単独で入って朝に戻ってくることがある。

ほとんど喋らないが、危険な時だけ「だめ」と一言言う。その一言が外れたことは今のところない。

法的にはこの島に「存在しない」人間だ。神谷が非公式の保護者として機能していることの意味は、この法的空白の中でシンを守る人間が神谷しかいないということでもある。

「……」(それでも、必要な時には必ずそこにいる)


その他・名前付き人物


木下 誠(きのした まこと) 40代 男

役職 :エネルギー管理施設・技術者
在島歴:不詳
外見 :作業服は常に油で汚れている。口数が少ない
居住 :エネルギー管理施設にほぼ常駐。食事は帰り旗から宅配されることがある

エネルギー管理施設(洋上風力制御・水素貯蔵プラント)・海水淡水化プラント(上水道)・汚水処理プラントの三つを実質一人で維持している。島のインフラ最大の「一点集中リスク」。

水素プラントの保守部品が本土から届かないため、代替部品を自作・流用して稼働率68%を維持している。桐島は「木下の後継者育成」を毎年の業務計画に書く。毎年、実行されないまま翌年に繰り越される。

「俺がいなくなったら三週間でこの島の水が止まる。それだけだ。怖くはない。ただ、そうなる」


沖田(名不詳) 50代 男

役職 :修理屋「なんでも直す」・オーナー(元エンジニア)
在島歴:不詳
外見 :店内は工具と部品で埋まっており、足の踏み場を選ぶ

B区ナカ商店街の端でシャッターを半分しか開けていないことが多い店を一人で運営。家電・自転車・自動運転車両のセンサー・スマートホーム端末——「島にある機械ならなんでも」修理する。壊れた別の機械から部品を転用する「共食い整備」が得意。

自動運転パトカーの非公式修理を請け負ったことは公然の秘密。消防署の車両整備も年数回請け負っている(報酬は現物払い)。緊急時のエントランス手動解除コード一覧を店に貼っている。


関係図

10代の関係図

ケン ──── ルイ
地図と体力  度胸と修正

ユイ ──── シン
情報とデータ 道と直感

ケンとユイ:学習センターで同期。口げんかが多いが信頼している
ケンとルイ:2年前から。最初は警戒し合っていたが今は黙って並んで歩ける
ルイとシン:オジイつながり。シンがオジイの旧家に時々来る
ユイとシン:ユイだけがシンに話しかけ続けている。返事はほぼない

若手ネットワーク図(非公式・20代層)

 宮本(シマケイ・28歳)
  ├──「顔見知りの均衡」── 大樹(番・22歳)
  │            港でだけ話す。上の人間は知らない
  └──「公式窓口の無言」── 安西(保安局・24歳)
               「その時間帯はメンテナンス中でした」

 安西(保安局・24歳)
  └──「深夜の自販機」── 篠田(医療センター・25歳)
              組織は違う。深夜だけ同じ場所にいる

 篠田(医療センター・25歳)
  └──「仕様になっています」── 朝倉(統括局・31歳・先輩格)
                  3秒の沈黙が残っている

 水城(議会議員・19歳)
  ├──「4年の崩れた敬語」── 中村(事務局・26歳)
  │            議事録は全部残っている
  └──「知らずに相談」── 大樹(番・22歳)
              大樹が番とは最初知らなかった

 橋本(統括局・23歳)
  └──「まだ踏み込めていない」── 朝倉(統括局・31歳・同組織先輩)
                  「今度話しましょう」がまだ来ない

 帰り旗(藤堂・38歳)
  └── 宮本・安西・大樹・中村 全員が別の夜に来る
     「知らずに同じ場所にいる」を、藤堂だけが把握している

全体関係図(上層部・裏の均衡)

桐島(統括局次長)
 ├── 黒瀬(保安局)   …「互いに知りすぎている」緊張関係
 ├── 田端(島警察副署長)…「島の現実」を共有する数少ない相手
 └── オジイ       …年一度の沈黙の対話(ナンジィ祭りの夜)

田端(島警察副署長)
 ├── 宮本(刑事係)   …先を歩く者と後を追う者
 ├── 神谷(番頭)    …「非公式ライン」。信頼でも取引でもない均衡
 └── 大城(地域係)   …唯一、田端が本音を言える相手(かもしれない)

宮本(刑事係)
 ├── 水城(第一世代議員)…「本土を知る者」と「トカミしか知らない者」の対話
 ├── オジイ       …アサバンの朝以来、距離と引力が両方ある
 └── 藤堂(帰り旗のママ)…情報源、かつ「島の観察者」同士

藤堂(帰り旗のママ)
 ├── 朝倉(統括局データ)…「システムの嘘」と「人間の嘘」の情報交換
 └── 神谷(番頭)    …「利用し合う」共犯関係

水城(第一世代議員)
 └── オジイ       …「帰り旗の余白」を最初に教えられた若者

オジイ
 └── ルイ(孫)     …同居。言葉は少ない。アサバンだけは一緒に行く

大城(シマケイ)
 └── ケン(長男)    …「全部バレる」関係

神谷(番頭)
 ├── 大樹(番・現場担当)…「育てた」。どちらも言葉にしない
 └── シン        …非公式の保護者。「気づいたらいた」

「本土に帰るかどうか」の対比表

若手キャラクターがそれぞれ異なる答えを持つことで、島の「引力」を多角的に描く。

人物 帰還意志 状態
橋本 勇介(統括局・23歳) ある(まだ帰るつもりでいる) 4ヶ月目。違和感が積み始めた
安西 莉子(保安局・24歳) ある(はず) 8ヶ月目。「帰れる」という確信が少し薄れてきた
篠田 彩花(医療センター・25歳) あった(帰るはずだった) 2年目。「帰りたくなくなってきた」自分に気づき始めた
中村 沙織(事務局・26歳) どちらか不明 4年目。「本土」と「島」のどちらが帰る場所かわからなくなった
宮本 遼(シマケイ・28歳) あった(今は保留) 2年目。「計算してしまった夜」以降、問いが変質した
具志堅 大樹(番・22歳) ない 7年目。「ここが全部」。ただし夢に沖縄の海が出ることがある

渡神島技術実証特別自治区 登場人物一覧
本資料は随時更新される