廃工区で「生活音」を聞いたという話は、この一週間でさらに広まっていた。深夜、錆びたシャッターの向こうで水を使う音、布が擦れる音——似たような証言がいくつも重なり、シマケイの宮本はとうとう夜間の巡回を目に見えて増やした。田端副署長も、島の限られた人手を補うように、いつもの「非公式な協力者」たちに声をかけて回っているらしい。表立って騒ぎにはならないが、島の水面下では確実に、捜査の輪が絞られ始めていた。十七人という実員で三十八平方キロメートルの島を守るシマケイにとって、こうした非公式な手助けは今に始まったことではないが、今回はいつもより多くの手が必要とされているようだった。
南部林の縁には、今週もぽつぽつと人の姿があった。噂を聞きつけた何人かの子どもが「幽霊探し」と称して連れ立って向かい、大人たちはそれを微笑ましく、あるいは少し心配そうに見送った。獣道の外れには、行き交った何人かぶんの足跡が重なり、誰が最初にそこを見つけたのか、当人たちにも判然としなくなっている。もっとも、その熱もそう長くは続かないだろう——若者の興味は移り気だ、と評する年配者もいた。
自生棟の「持っていっていい棚」は、相変わらず夜のうちに少しずつ減り続けている。世話役の富永さんのもとには、今週はいつになく多くの人が話を聞きに訪れた。「今日はよく人が来る日だねえ」と、彼女は同じ話を何度も繰り返す羽目になったが、嫌な顔一つ見せなかった。棚の減り方そのものは変わらない——両手で持てる程度、日持ちのする物だけが、丁寧に選ばれて消えていく。それが誰の仕業なのか、富永さんは知らないと言うが、その口ぶりには、責める色よりも案じる色の方が濃かった。
無人コンビニ2号店については、常連客の間で「開いてる時間がちょっと違う気がする」という声がぽつぽつと上がり始めていた。その違和感を、技術の側から確かめたのが統括局の朝倉奈々だった。端末の前で眉間を揉みながら、再起動タイマーの設定値が書き換わっていることに気づく。書き換えの操作記録は都市OSの表層ログに残っておらず、こんな芸当ができるのは保守用の物理端末を直接扱える人間だけだ。そしてその端末の在処を知っているのは、本来ならC区の保守要員だけだった。朝倉はその足で橋本のデスクに寄った。橋本が抱えていた「名前のない保守要員」の話と、朝倉の「物理端末を触れる人間」の話は、同じ一人の人間を指しているように思えた。二人はしばらく顔を見合わせたまま、言葉を選びかねていた。橋本のもとには、このところ、これまでとは違う種類の相談も舞い込むようになっていた。彼が抱えていた「記録にない人」という謎が、思いがけない方向からも裏付けを得つつある——そのことに、当の橋本自身がまだ戸惑っているようだった。
夜の帰り旗には、今週もいつもの顔ぶれと、少し意外な客が混じっていた。カウンターの奥で、藤堂は今日も黙って全部を聞いている。D区では番の世話人たちの動きが相変わらず熱心で、何を探しているのかは、やはり誰にもはっきりとは分からないままだった。
答えの出ない問いはまだいくつも残っている。それでも渡神島の一週間は、いくつもの糸が少しずつ手繰り寄せられながら、過ぎていった。