台風が過ぎた翌朝、島の空気はいつもより湿っていた。三日ぶりに解除されたみなみ丸の欠航のおかげで、渡神港には久しぶりに人の出入りが戻っている。洋上風力がブレードのロックを外すまでの間、B区とD区は輪番で灯りが落ちていたが、それもいつものことだ。C区だけはいつも通り煌々と光っていた。帰り旗は台風の間、夜通し開いていたらしい。
排水が追いつかず、今年もどこかが浸水した。「今年の当たりはどこか」というのは、台風のたびに繰り返される島の会話で、今年はB区西側の一角がその「当たり」だったようだ。
南部林の際では、行政の看板が半分泥をかぶって傾いていた。「今年のはちょっと崩れ方が大きいね」と誰かが言う。南嶋岳の北側斜面が、いつもより広い範囲で崩れている。
様子を見に行ったケンが、戻ってくるなり「あそこ、なんか金属みたいなの見えるんだけど」と言い出した。最初は誰も気にしなかった。放棄重機置き場は南部にいくつもあるし、今更珍しいことでもない——はずだった。それでも、いつもと崩れ方が少し違う、という声が、週の後半にはぽつぽつ聞こえるようになっていた。
実のところ、崩れた翌日には、もうシンが現場を見に行っていたらしい。誰より先に、誰にも言わずに。ただ、戻ってきたシンは、いつにも増して口をきかなかった。理由を聞かれても、首を振るだけだったという。南部林の獣道なら誰より知っているはずのシンが、その後は一度も現場に近づこうとしなかった、という話も、大樹あたりから漏れ聞こえてきた。
その話が商店街まで届いた頃、ちょうど買い物に来ていたオジイが足を止めた。
「南か」
それだけ言って、しばらく黙っていた。それから、誰に言うでもなく、低い声で付け加えた。
「近づくな。あそこは、行くところじゃない」
理由は言わなかった。この島の人間なら、オジイが南のことでそう言うのは今に始まったことではないと知っている。理由を説明されたことは、一度もないが。禁止されているわけでも、看板が立っているわけでもない。ただ、行かない。それだけの話として、この島は十五年やってきた。
その週、南部林の崩落箇所には、何人かが入れ替わり立ち替わり足を運んでいた。子どもたちがはしゃぎながら覗きに行き、大人たちも「ついでに」という顔をして遠回りをする。誰かが泥をどけると、確かに金属質の何かが顔を出していた。錆びていて、大きさはよく分からない。重機の部品にしては、妙な形をしている——という程度の話が、週の終わりには島のあちこちで囁かれていた。
崩落箇所の地盤はまだ緩んでいる。無理に近づけば、足元がどう崩れるか分からない。それでも、この島の人間にとって、南部の崩落はよくある話の延長でしかなかった。今のところは。
台風明けの朝は、腹が立つほど空気が綺麗になる。この島に長く住んだ人間なら、その落差にはもう慣れている。今年の台風も、いつも通りに過ぎていった——南部の崩落さえ除けば。